大円団
大きな門のある入り口に着くと、パイプ椅子が並べてあり、座って順番待ちをしている死人でさらに列ができていた。横では鬼が受付をしている。まるで面接会場みたいだ。
俺たちは地面に降り立った。
慌てて受付の鬼が飛んでくる。
「これは死神様、どうされました」
「大至急、閻魔様に取りついでほしいのだよ」
赤鬼は額から流れる汗をハンカチでぬぐいつつ言う。
「閻魔様は大変お忙しく、急に面会できるほど暇ではございません。どうかここはお引とりを」
「大至急なのだよ。二度言わせないでもらえるかな」
「は、はいいっ。上の者と相談してきますので少々お待ちを」
赤鬼は顔を青くして席を外すと、どこかへ行った。
「邪魔者も消えたし、先を急ごう」
「おう」
「閻魔大王に会うなんて緊張するわね」
門をぬけて通路を進むと大広間に出た。
大広間は暗く、骸骨の口の中に灯された四隅のたいまつ以外に明かりはない。中央には大きな机。暗くて胸元までしか見えないが、そこにはゆうに二 十メートルはありそうな巨人が座っていた。
厳かな言葉が上から降ってくる。
机の前には見覚えのあるセーラー服が居た。
俺はたまらず叫ぶ。
「姉ちゃん!」
俺の言葉に彼女は、珍しく驚愕の表情を浮かべ振り返った。
「けいちゃん! それにその姿。ちゃんと入れ替われたんだね」
「ああ。死んだよ。そして死んでまで会いに来たよ」
「音羽のためにまた死んでくれるなんて感激だよ。お姉ちゃんは嬉しいぞ」
「むはっ。苦しい」
蒼流の身体では、姉ちゃんの胸に圧迫されてしまう。
「当たってる! もろに当たってるから!」
「ごめんなさい。つい嬉しくて。少しだけ待っていてね。今判決を受けている最中だから」
「ちょっとまったァ! 閻魔大王様。その判決ちょっとだけ待ってくれ。魂を入れ替えたものを戻せば刑は軽くなるだろ?」
閻魔は微動だにせず、マイク越しのような怒声だけが響く。
「ったくお前ら姉弟はどれだけ地獄の秩序を乱せば気が済むのだ。五分だぞ。それだけ猶予を与えてやる」
よし、これで時間は稼げた。
「姉ちゃん。罪を軽くしてもらうためにも、蒼流と俺の魂を入れ替えてくれ」
「えーなんで? こんなに可愛くなったのに」
可愛くなったのにという言葉が頭に妙に引っかかる。
「緋恵!」
「あいよー」
緋恵は死神のマントを翻すと現世の様子が映し出された。
「さあ現世に戻って俺たちの魂を元に戻して」
ところが姉ちゃんはあまり気が乗らない様子。
「時間がないから早く」
三人でマントの中に飛び込む。
「じゃあ……交換、元に戻すね。はぁ……」
「姉ちゃんなんでそんなに元気がないんだよ。というか、なぜ魂を入れ間違えるなんてドジを犯したんだ。
「入れ間違えてないよー」
「じゃあ確信的に入れ替えたのかよ!」
俺は頭に手をやり、理解できないと言う風に頭を振った。
「だって……」
「だって?」
「子供の頃みたいな可愛いけいちゃんになってほしかったんだもん」
「はぁあ? 何それ? 意味わかんない」
「敬ちゃん子供の頃のこと覚えていない。よくお姉ちゃんのおさがり着せて女の子ごっこしてたじゃない」
「え? ええええええええええっ?」
なんかぼんやりとそんな記憶が甦ってきた。女の子の服を着せられるのが嫌でたまらなく、何度も逃げ回っていたような。
「!」
うっ頭が痛い。脳の奥に封印していた記憶が甦りそうな感じ。
そうだ溺れ死んだときも女装させられていた。嫌がる俺は外にまで逃げ出し、前日の雨で増水していた川に落ちてしまったんだ。そして、姉ちゃんは川に飛び込んで俺を助けて自分が犠牲になって死んだとばかり思っていた。
「全部自業自得じゃねえかよ!」
「そう。本当なら地獄に来るのは六歳のけいちゃんだった。私はそれを曲げてけいちゃんを助けて、死んでしまった。それが私の罪」
「なるほどそれがライフセイヴァーか」
「残念だけど、魂は元に戻したよ。これで音羽の役目は終わりだね。閻ちゃんの裁きを待つよ。ばいばいけいちゃん」
言うだけ言って緋恵のマントから地獄にもどる姉ちゃん。
「そうだ指きりの約束。またあったら今度はちゃんとしたものをしような!」
姉ちゃんは相好を崩した。
「うん。けいちゃんがまたゴリラになるのはいやだけど、どんな姿でも好きな気持ちは変わらないよ」
マントは消えて静寂が戻った。
「ううっ……」
しばらくして目を覚ますと物が小さく見える。拳を握り締めると力が充満するのがわかる。
「よっしやあ!」
蒼流も目を覚ましたようだ。
「目の前に警吾がいる。てっことはあたし戻れたんだ。嬉しいよう」
こうして俺たちの入れ替わり生活は終わった。




