放課後の戦2
ゲーセンの客入りはいつもより多かった。みんなのお目当ては俺たちと同じで、アルティメットファイター5の筐体の周りには多くのプレイヤーが集まっている。
ライカの姿を見つけた常連の何人かが気さくに話しかけてくる。ライカは全国大会の決勝トーナメントにも残ったことがある強豪プレイヤーでゲーセン友達も多い。
そうこうしている内に席が空いたのでライカが座る。ライカは髪をたくし上げた。目つきが普段の穏やかなものから、光を帯びた鋭い目つきに変わる。
ライカは好きなキャラをとことん使う性格で、新キャラなど目もくれずに前シリーズと同じ女子高生ファイターの咲輝を迷わず選択した。
稼動当日に集まるぐらい熱心なプレイヤーが押し寄せるのだから、腕に自信があるのだろうが、ライカの前に次々と敗北していく。
その間、俺はライカの隣で時折感想を言いながらプレイをみていた。俺――薬院蒼流――が話についていけることにライカは「薬院さん、詳しいね」と感心した様子だった。一方の警吾は、不気味なぐらいに静かに、真剣に、ライカの対戦プレイを凝視していた。
やがて20連勝したところで、乱入がぱたりとやんだ。
「誰も入ってこなくなったみたいだし、俺が入ってこようかな?」
ライカは俺が対戦を挑むときいて一瞬驚いた顔をみせたが、すぐにいつもの微笑を取り戻し、「もちろん大歓迎だよ」と言った。
魂が入れ替わって数日経つが、習慣は身体が覚えていることはすでに解かっている。いっちょライカの度肝を抜いてやるぜ。
俺は咲輝が師匠先輩として慕う、新キャラの佐倉を選んだ。
「お、リアル女子高生が対戦するみたいだぞ」
物珍しさからギャラリーの注目を浴びる。
対戦の結果は、何回かあと少しというところまで追い詰めたものの俺が負けた。
やはり新キャラでいきなり前シリーズから同じキャラを使っているライカに勝つには無理があった。しかし、ライカも新キャラと戦うのは初めてで、勝手がわからなかったようで、何本かは勝つことが出来た。
五回ほど対戦し、ライカの居る席に戻るとライカは笑顔を向けてきた。
「新キャラなのによく使えるね。薬院さんがこんなにゲームが上手いとは思わなかったから驚いたよ」
負けはしたものの、褒められて悪い気はしない。新キャラの性能についてライカと話をしていると、ずっと黙っていた警吾が口を開いた。
「誰も入ってこなくなったみたいだし、あたしが入ってきてもいい?」
俺は目と耳を疑った。警吾はライカの強さを見ていなかったのだろうか? それとも何も知らずにお遊びで入ってこようとでも言うのだろうか。
俺は警吾の腰をつかんだ。
「おい、見てなかったのか。ライカは素人が敵う相手じゃないぞ」
「まぁ見てなさいって」
警吾は俺の手を振り払い、筐体の反対側へ移動した。
百円をいれる音がしてキャラクターセレクト画面に変わった。警吾が選んだのは主人公のキャラだった。
ノーカードだった。その点を不審に思ったのかライカがつぶやく。
「警吾の奴、カードを使わないなんてどういうつもりかな」
最近のゲームは戦績を専用カードに記録できるようになっている。初心者でもない限り使用するのが常識だ。俺だって山王警吾のカードを持っている。無論、使うわけにはいかなかったが。
そんな疑問をよそに試合が始まる。
「ラウンド1 ファイトッ!」
ズンッ。急にその場の空気が重くなった気がした。
ライカの笑みが消える。
「これは……強いッ……!」
達人はちょっとの動きで上級者か初級者かがわかるという。俺もライカと普段対戦しているから少しはわかるのだが、モニター越しにオーラを感じるときがある。今がまさにその瞬間だった。
一本目はライカがとった。二本目は今までのは様子見だたとばかりに、キレのある動きをみせた警吾が勝ち取った。
そして最終ラウンド。お互いの体力を地味に削り取っていく接戦が繰り広げられる。本当に向こう側に座っているのは警吾なのだろうか。いや、そういえば家にPS4とアケコンがあったな。ソフトのパッケージも転がっていたな。あれは――
「うおおおおおおおおおお!」
ギャラリーが叫び声をあげる。難しすぎて対人戦ではまず決められない連続技を警吾が決めたのだ。ギリギリまでおいつめられるライカ。
しかし、ライカはここからが強い。試合に負けることよりも、好きなキャラで負けることが許せないと言うのを何度も聞いたことがある。ライカのキャラ愛はドン引きするレベルに強い。
あとちょっとで負けるというところで、一見すると博打にしかみえないような大技で反撃を決めるライカ。
お互いに一発入れば終わると言う状況で試合は続く。
ギャラリーでもひりつく様な戦い。
本人たちにとっては如何ほどか。
誰もが固唾を飲んで二人の戦いを見守る中、決着は意外な形でついた。タイムアップによるライカの体力勝ち。その差、数ドット。
ギャラリーから両者の健闘をたたえる拍手が起こる。こんなこと野試合でめったにあることではない。それほど均衡した見ごたえある戦いだった。
向こうの筐体からのそりと大きな影がやってくる。
「あーあ負けちゃった。強いんだねライカ君」
「警吾こそ強くてびっくりしたよ。どちらが勝ってもおかしくなかった」
ライカは右手を差し出した。
警吾は頬をぽりぽりかきながら、そっと握手に応じた。
頬を染めるな気持ち悪い。
ぎこちなかった警吾の緊張も対戦を通じてほぐれたようで、ライカの話にしっかりと受け答えをする。ライカの話は無駄にディープだからそれなりの知識が必要なのに、警吾――薬院蒼流――がゲームの話で通じ合っていることが不思議だ。
もう間違いないだろう。警吾はオンラインを主戦場にする家ゲーマーなのだ。だからノーカードでもあんなに強かった。ゲームに老若男女は関係ないが、ここまで強くなるのにどれだけの修練を積んだことやら。
ライカと警吾は試合結果の感想を言い合って盛り上がっている。俺は完全に蚊帳の外だ。
むぅ。なんだか二人の世界が構築されていておもしろくない。
やがて誰も乱入してこないままライカがラスボスを倒しゲームオーバーとなった。
手持ち無沙汰にしている俺に気づいたライカが優しい声音で問いかける。
「薬院さんもまだ対戦やる?」
「……うーん。今日は遠慮しとこうかな」
あんなすごい戦いのあとに対戦する勇気は俺にはなかった。
 




