昼休みの過ごし方1 改
昼休みになり、学内に開放的な空気があふれる。
あちこちで仲の良い者同士が机を組んで持参の弁当を広げている。教室を出て行く者も少なくない。きっと学食や購買部、他のクラスにいる友達のところへでも、でかけているのだろう。
俺はというと、自分の席でスカートの裾をぎゅっと握りうつむき、ぷるぷると身体を震わせて固まっていた。
(誰も誘いに来てくれねェ!)
誰かが昼食の誘いに来たらどうしよう、ってそわそわしていたが誰も来ない。こちらからリアクションを起こすにしても、誰に話しかけていいのかもわからない。
一体こいつは昼休みをどうやって過ごしていたのだろうか。今まで気にも留めていなかったからまったく見当がつかない。
薄々感じてはいたが、薬院蒼流に、まさかのぼっち疑惑がわいてくる。
はっ! そういえばあいつはどうしているんだ。
顔をあげ、前斜め左の警吾にちらりと視線を送る。
ぶはっ! 俺は思わず噴出した。
腕を枕にして速攻でたぬき寝入りを決め込んでやがったからだ。昼食抜きでやり過ごす気かよ。つらい。傍から見ていてもつらすぎるよー。
さて、俺はどうしよう。何も買ってきてないし、この際、学食にするか。うちの学食安いのはいいけど、味はいまいちなんだよな。
あっ、そうだ。かわいそうだから警吾も誘ってやるか。
警吾を起こすべく、大きな身体を指で突こうとした瞬間、
「警吾。今日の昼飯どうする?」
俺の左隣の席から聞きなれた声がする。
俺は反射的に声の主に向かって、
「んー今日は学食の日替わりランチにしようかと思っている」
と答えて、しまったという顔をする。
サファイアのように澄んだブルーの瞳と目が合った。ライカが不思議そうに微笑をたたえて、小首を傾げる。
「ん? 薬院さんも僕たちと学食行く?」
「「え?」」
寝たふりをしていた警吾が、がばりと上半身を勢いよく起こしてイスごと振り向き、俺と言葉が重なった。
俺はしどろもどろに訂正を入れる。
「いや、その……俺、じゃなくてあたしに言ったわけじゃないのに、間違えて答えてしまったというかなんというか……」
やべっ、ついいつもの癖が出てしまった。
というのも、山王警吾の昼休みの過ごし方といえば、ライカと行動を共にすることがほとんどだからだ。ライカとは中学の頃からの付き合いで、俺にとって唯一の親友と言っていい存在だ。
ライカの両親はロシアに住んでいる。ライカの父は日本人で、母はロシア人の、いわゆるハーフだ。なんでも母の影響で幼い頃から日本の文化に強く興味を抱き、単身、海を渡ってきたそうだ。その、日本の文化というのが少々アレなのだが……。
「そう? 僕は別にいっしょでも構わないけど、警吾はどうなのかな」
警吾はというと、目をぱちくりさせて開いた口が塞がらないでいる。まるでバナナを食べていたゴリラが突然に取り上げられて唖然としているかのようだ。
ライカが明るい声で警吾に尋ねる。
「警吾、ご飯食べに行こうよ。それとも本当に具合が悪い? 保健室行く?」
昼食を抜くなんてことは、大飯ぐらいの山王警吾にとってありえないことだ。ライカが心配するのも無理もない。
胸のあたりで指を突きあわせてせわしなく動かし、目を泳がせながら口を開く。
「えっと……ライカ君が声をかけてくれたのは嬉しいのだけど、今日はあまり食欲が――」
といいかけて、ぐきゅるーと警吾のお腹から情けない音がして言葉の続きを遮った。
嘘がライカにばれたのが恥ずかしかったのだろう。顔を真っ赤にして警吾は俯き、両手を前で組み、ううーっと呻きながらもじもじとゆれる。
うぐっ。その仕草が壊滅的に気持ち悪くて、俺の食欲がなくなりそうだ。
ブロンドの長髪を揺らしライカが爽やかに微笑む。
「ふふっ、やっぱりお腹すいてたんだね。さっ、早く行こう」
警吾はうむむと唸った。やがて意を決心して、どうにか声を絞り出す。
「う、うん」
「薬院さんもいっしょに行きたいらしいけどいいかな?」
ちらりと警吾が俺に視線を投げて寄越す。よくわからないが助けを求めているようだ。
男子と飯を食べる機会なんてなさそうだし不安なのかもしれない。
俺はこくりと頷いた。
「あたし……じゃなくて俺は、薬院さんといっしょでも構わないよ」
ライカはにっと笑顔の花を咲かせた。
「じゃあ決まりだね。席がなくなる前に急ごう」
こうして俺たち三人は学食を目指し教室をあとにした。




