地獄のお仕事
俺は手をついたまま頭だけをあげた。
「俺を助けて死んだことを恨んで成仏できずに彷徨っているんじゃないの?」
姉ちゃんは長いまつげをぱちくりとさせた。何を言っているのかわからないと表情が告げていた。遅れて思考が追いつくと、慌てて手を振った。
「ないない。そんなことないよー。だって音羽がけいちゃんのことを恨むはずないもん。むしろ――」
むしろなんだというのだ? 前後の繋がりを考えてむしろと続けば……。
訝しむ俺の様子を見て、姉はあからさまに動揺した。
「あっあー! 今のなしー。なしだからねっ! 音羽があの世にとどまっているのは――そう! お仕事なの」
「仕事? あの世で姉ちゃんがする仕事なんてあるの?」
突拍子もない回答に聞き返してから、しまった、と思ったがもう遅い。
よくぞ聞いてくれました、と姉は得意げな表情を浮かべた。
俺は追及する機会を失ってしまった。
「音羽はねー、三途川でライフセイヴァーをやっているのだよ」
左肩を前にして「見て見て~」と袖口を見せつけてくる。そこには黒い下地に血よりさらに紅い不気味な文字で『三途川監視員』と書かれた腕章が巻きついていた。俺は腕章と姉の顔とを交互に見つめた。
(いったいあの世で何をやってんだこの人はっ?)
不思議な生物に遭遇したときのような俺の目が、どう勘違いしたのか、姉ちゃんには肉親を尊敬する眼差しに映ったらしい。
彼女はえっへん、と胸を張った。たわわに実った双丘が弾む。
「らいふせーばーというと、あの海水浴場とかで溺れた人を助ける人たちのこと?」
ちっちっちっ。
彼女は片目をつぶりながら人差し指を顔の前に立てて横に振る。
「んっふー。ちがう、ちがうの。セーバーじゃなくてセイヴァーね。救助者じゃなくて魂の救済者なの」
「はぁ……」
それから数分にわたってセイヴァーのなんたるかを力説する姉。話を聞いているうちに「単に『セイヴァー』という響きが気に入っているだけなんじゃ?」という思いが脳裏をかすめたが、俺は黙って頷いていた。