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司教は言った「それは奇跡じゃない」

「ふぅ……汗かいて喉が渇いたわ。麦茶ありがとう。いただくわ」

 ごきゅごきゅごきゅ。警吾は喉を鳴らし、うまそうに麦茶を飲んだ。

「あっあー……俺も喉渇いたなー」

「お盆の上にあるから自分で取れば?」

 あっ……コップを取って俺に渡すという選択肢はないんだ。

 蒼流は無言でベッドから立ち上がり、コップをつかみ麦茶を飲んだ。

身体が一気に冷えていく。

 ついでに心も凍り付いていくような気がするが何かの間違いだと思いたい。

 蒼流はふぅと軽くため息をついた。

「一応確認のために聞いておくけどさ、お互いが入れ替わって住むという案はないんだよな?」

 警吾は俺の質問に答える代わりに、財布から蒼流邸の玄関を開けるカードキーを取り出し、器用に指の上でくるくる回してにやりと笑った。

 くっ……マジでむかつく。

こいつだって俺がいなければ網膜認証のせいで家に入れないくせに。かといって、薬院蒼流となった俺が山王警吾の家にひとりで住むのもおかしな話だし、結局こいつのいうことに従うしかないんだよな。

 蒼流はしょんぼりと肩を落として、入り口横のクローゼットを開けた。そこには警吾だった頃の制服やら普段着やらがハンガーにかけられて整然と並んでいる。

 あまり数はないし、適当にスポーツバッグに詰め込めばいいか。ああ、そうだ下着も入れておかないと。

 蒼流は目に付いたものから手当たり次第にバッグに詰め込んでいく。そのうちぴたりと手が止まり、ふとした疑問が脳裏をよぎった。

 なんで俺こんなことやっているわけ? 俺が着るわけじゃないんだし、警吾にやらせればいいじゃん。

 蒼流は振り返りながら警吾のいる方へ声をかけた。

「お前が着ることになる服なんだから、お前が選んだら――」

 どうなんだといいかけたところで、目を見開いた。

「ちょっ……おま、何勝手にパソコン立ち上げてんの!?」

 警吾は俺のことなんかどうでもいいとばかりに、いつの間にかデスクトップのパソコンを起動させていた。

「ん? 暇だからネットでもしようかと思って」

「くつろぎすぎだろ! ここネカフェじゃないんだからね?」

 パソコンがパーソナルコンピューターの略語であることを言い聞かせたい。

 個人情報の塊であるパソコンを勝手に立ち上げるなんざ、磔刑に処せられても文句は言えないところだ。

「とにかく、断りなく人のパソコン触るのやめろ。断ってもやめろ」

「いーじゃない。けち。それとも見られたらまずいものでもあるわけ?」

「ばっばばばばばっかお前、んなもん、あ、あるわけないだろ」

「あからさまに声が震えていて、説得力ゼロね」

 警吾はデスクトップ内をあちこちクリックしていく。

「やめろ! やめやがれ! やめてくださいお願いします」

 俺は警吾の右手からマウスを奪おうとするも、ごつい右肩でブロックされて思うようにいかない。くっ……なんて非力で不便な身体なんだ。

「ん? なんでライカ君の名前のフォルダがここにあるの?」

「あーッ!」

 そのフォルダこそまさに禁断の領域。

 悪友のライカが『これ名作だから』と布教活動を兼ねて勝手にインストールしていったエロゲーがわんさかとつまっている。ゲームディスクは机の引き出しに詰まっている。

 いや俺だって年頃の男の子ですから、エロゲーに興味がないといえば嘘になるんだけど、ライカの趣味が偏っているから俺にはちょっと……。

 警吾は確信を得たとばかりに、にやけた笑いを浮かべた。

「え? あんたとライカ君が教室でやけに仲が良いから、まさかと思っていたけど、もしかしてそんな関係なの? きゃーッ!」

 警吾は腕をくねらせて悶絶した。

「げふっ!」

 俺はその勢いに弾かれて吹き飛んだ。俺は何度吹っ飛ばされればいいんだよ? 二重人格のイタリアギャング組織のボスなの?

 それにしてもこいつ、よりにもよってなんて勘違いしてやがるんだ。腐女子か? いや、今は男の姿なんだから腐男子か。そんなことどっちでもいいよ今はっ!

「さぁて何が入っているのかなっ♪」

 警吾がかちっとクリックしてライカフォルダを開く。

 ありとあらゆるエロゲーのタイトルが、俺の脳内を走馬灯のように駆け巡っていく。

「あれ?」

 ぷしゅん……。しょぼい音がして画面がブラックアウトした。

 蒼流が最終手段――主電源のコンセント抜きを実行したからだった。

 ふぅ、パソコンがノートじゃなくて助かった。

 警吾の冷めた眼差しが、地面にはいつくばった蒼流に突き刺さる。

「あんたそこまでして守りたかったの?」

 必死すぎて引くわーとでも言いたげだ。

 もう頼むから大人しくしててくれ……と、蒼流は言葉に出して言う気力もなく目で訴えかけた。

 自分の家でこんなに疲れたのははじめてだった。

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