戦慄の入浴時間 その後
どれぐらいテレビを見ていただろうか。うしろからリビングへのドアが開く音がして、俺はホラー映画でリアクションする女優さながらにびくりとして振り返った。
のっそりとした影が入ってくる。頭にはタオルがかかって濡れた髪の合間からうっすらと湯気が立ち上っている。どうやら風呂に入ってきたらしい。警吾はそのまま歩みを進めると冷蔵庫から牛乳を取り出しコップに注いだ。
そしてそのままコップを片手に持って俺が座っているソファに向かい合うようにしてどかりと腰を下ろした。振動でこの小さな体が浮き上がった気がした。
警吾は一言も言葉を発しない。不気味な沈黙が二人の間に流れた。猛獣とにらみ合っているような心地がして気が気ではない。喉が鳴った。
「……あっ。ああっ、お前も、風呂に入ってきたのか」
何当たり前のことを訊いているんだ。バカか俺はっ。言ってしまってからそう思っても後の祭り。沈黙という名の檻を破ってしまったのは俺が先だ。ならば突き進むしか道はない。両手をぎゅっと握り締め声を絞り出す。
「さっぱりして少しは気が落ち着いたか?」
警吾はだんまりを決め込み何も答えない。代わりに垂れた髪の隙間から鋭い視線の刃を投げかけてくる。
俺は焦りに駆られて、懸命に言葉の槍を突き刺す。
「だ、黙っていても進展はないぞ。どちらにしろいつまでもあんな変態プレイを――」
し続けるなんてできるわけはない。破綻が今になっただけのこと。と言いかけた言葉は、警吾が大理石のテーブルを叩いた音にかき消された。
「次、変態プレイとかいったら殺す。マジ殺す」
「……ハイ」
腰の引けた状態で出した槍はいともたやすく折れた。
突然に警吾はコップを持って立ち上がるとごきゅごきゅと豪快な音を立て一気に飲み干した。口の周りにできた白ひげを手の甲で拭い去った。
「あああああああああああっもうっ!」
くしゃくしゃと乱暴にタオルを動かし髪の毛に残った水気をとる。両肩の力を抜き腕をだるーんとさせるとぽふっとげっぷをたてた。
「……もういい。疲れた。歯を磨いてから寝る」
コップをシンクに置くと、警吾は踵を返しリビングから出て行こうとする。俺は目を瞬かせ、口をあんぐりと開けしばらく呆けていたが、我を取り戻しその背中に質問を浴びせた。
「お、おいっ! 寝るって俺はどこで寝ればいいんだよ?」
警吾は振り返ってジト目で俺をにらむ。
「その辺で寝れば?」
「え、いや、ちょっ……」
まだ何か用? とばかりに警吾はあからさまな舌打ちを鳴らした。これ以上怒らせると厄介なことになりそうだ。俺は続けたい次の言葉をなんとか飲み込み警吾の応えを待った。
警吾は右手で天井を突き刺した。
「2階の一番奥。じゃ、おやすみ」
ぱたりと音を立て、今度こそ警吾はリビングから出て行った。
 




