表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/91

SigSig

「ま、まあ住居の問題は解決したとして、しばらくはこの家を中心にして生活するしかないな」

「不本意だけど仕方ないわね。で、お互いの身体が入れ替わった原因に心当たりはないの?」

 俺はどきりとして、公園で拾った漆黒の携帯をポケットの中で思わず握り締めた。心当たりは……ある。地獄の姉ちゃんが魂を入れ間違ったせいだ。解らないのはなぜ姉ちゃんが入れ間違えたのかということだ。姉ちゃんに天然ボケが入っているとはいえここまで豪快なドジをやらかすだろうか。まさか意図的に間違えたとか。いったい何のために? 考えれば考えるほどわからない。

 俺が真剣に黙考するのを見て、

「……ってわかるわけないか。原因がわからないからには入れ替わり生活を続けていくしかなさそうね」

 勝手に納得してくれた警吾がそう結論づける。姉ちゃんのことを話しても面倒なことになるだけだと思い、俺は話さないでおくことにした。

 そのときぐぅと腹が情けない音をたてた。

「いろいろありすぎて腹が減ったな。夕飯はどうするんだ?」

「夕飯ならあたしが用意してあげる。でもその前にあんたにはやってもらうことがあるわ」

 いつもコンビニやらスーパーの惣菜やら味気ない料理ばかりが続いていたので夕飯を作ってもらえるのは素直に嬉しい。

「ん? 食材の買出しにでも行って来いというのか?」

「残念、不正解。答えは次郎丸の散歩よ」

「わんわんわんっ!」

 散歩という言葉に反応して次郎丸が耳を立てぴょんとソファーからすばやく降り立った。俺の足元で狂ったように吼えてまわりだす。よほど散歩に行くのが嬉しいらしい。

「犬の散歩? なんで俺がんなことしなきゃならないんだよ」

「あたしだってあんたに次郎丸の散歩を任せるのなんて嫌よ。でも……」

 警吾が次郎丸の頭に触れようとしたが思いっきり警戒されている。警吾は肩をすくめた。

「ほらね。あんたが連れて行くしかないでしょ」

 わざわざ散歩に連れて行かなければならないなんて犬を飼うのも大変だ。夕食前の軽い運動だと思えばまあいいか。俺は気を取り直して引き受けることにした。

「わかったよ。じゃあその辺を散歩させてくればいいんだな」

「近くに公園があるからそこをひとまわりしてくればいいわ」

「散歩に行くのはいいとして着替えさせてくれないか?」

 学校から帰ってきたばかりなので今はお互いに制服だ。俺は家に帰ったらすぐに私服に着替えることにしている。セーラー服を着ていても考えは同じだ。

「それもそうね。ちょっと待ってて」

 警吾はリビングを出て階段をとたとた上っていく。2階か3階に自分の部屋でもあるのだろう。数分して警吾が服を持って戻ってきた。警吾に渡されたのはフリルのついた白いノースリーブのブラウスと、薄い青のミニスカートだった。意外とかわいい趣味をしている。

「じゃあ着替えるから部屋から出て行ってくれよ」

「嫌よ」

「ハア!?」

「あんたを一人っきりにすると何するかわかんないじゃない。だからあんたが変なことしないように目の前で見ていてあげるわ」

 ちょっ……! 男同士や女同士なら下着になるのは構わないかもしれないが、さすがに異性の前となるとちょっと恥ずかしい。ただでさえスカートがすーすーして頼りないのに。

「それにあんたには前科があるしね」

 公園で胸を揉んだことを言っているのか。うぐっ……それを言われると弱い。

「いや、あれは不可抗力で……」

「いいからさっさと着替える!」

 警吾は両腕を組んで仁王立ちして動こうとしない。男子高生に見張られて着替えをする女子高生。なんだよこの構図……。

「あーもうわかったよ! わかりました! 着替えればいいんだろ!」

 俺は半ばヤケクソになって制服を脱ぎ捨てると用意された服に着替えた。その間、警吾は一挙手一投足をじーっと眺めていた。この変態野郎め。

 俺はリビングの扉を開けて玄関へと向かった。

「ちょっとまちなさいよ」

 おいかけてきた警吾が玄関の引き戸を開けて小さなバッグを取り出した。

「はいこれ」

 渡されたバッグの中には首輪とそれを繋ぐ長い紐、そして紙パックが入っていた。

「何だこれ?」

「あんたまさかそのまま出て行くつもりだったの? 散歩させるときは首輪とリードをつけるのがマナーでしょ。そして次郎丸がうんちをしたらその紙パックに拾って持ち帰るのよ」

 犬のフンを拾うとかマジかよ……。俺のテンションは一気に下がった。

「フンなんてその辺に放置しておけばいいんじゃねーの」

「バカ言ってんじゃないわよ! そんなことしたら飼い主の常識を疑われるでしょ! マジ信じらんない!」

 予想外にものすごい剣幕で警吾に怒鳴られて俺は言葉を失った。懐いてくるものだから犬が居る生活というのも案外いいかもなと思っていたが、それはそれで面倒なことも多いようだ。いわゆる飼い主の責任というやつだろうか。

「わかったわかった。それじゃ行ってくるよ」

 俺は興奮する次郎丸にてこずりながらも首輪をつけてリードを装着させるとバッグをもって逃げるように外に出た。

 いつもの散歩コースと事前に教えられていた近所の公園を歩く。その途中で俺――薬院蒼流と次郎丸を知っている風なおばさんに「あら次郎丸ちゃんこんばんは」などと話しかけられて焦ったが適当に返事をして切り抜けた。次郎丸があっちにいったりこっちにいったり自由気ままに歩き回るものだから苦労したが、どうにか無事に散歩を終えた。これから学校から帰るたびに散歩させに行かなければならないのかと思うと少し憂鬱になった。

門前のモニター付き呼び鈴を鳴らして玄関に入ると警吾が出迎えてくれた。いつのまに着替えたのかワイシャツにチノパンという姿だ。お前は俺の許可なく着替えてもいいのかよ! まっ別に見たくはないからいいけどさ。それよりも、

「その服、全然サイズあってないな」

「仕方ないでしょパパのなんだから。あんたの図体が無駄に大きすぎるのよ」

 シャツとパンツがぱっつんぱっつんしていてアメコミにでてくるヒーローみたいになっている。警吾は手にタオルを持っていた。散歩で汗をかいた俺に用意してくれたのか。なかなか気が利くじゃないかと感心していたら、

「はい、これで次郎丸の足を綺麗に拭いてあげて」

「……」

 ふふっと乾いた笑いを浮かべるとタオルを受け取り、ごしごしと次郎丸の足の裏を拭いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ