Battlissimo
「差し当たっての問題は住居をどうするかだよな。やっぱ魂が入れ替わったからにはそれぞれの家に住むしかないよな。というわけで俺の家の住所と鍵を――」
と言いかけたところで眉間に皺を寄せた警吾が言葉をさえぎった。
「はぁ? 何寝ぼけたこと言ってんの? あたしの家はここなんだからあたしがここに住むに決まってんでしょ」
何言い出すんだこいつ。山王警吾の身体で薬院蒼流の家に住むだって? そんなことしたら色々と問題がでてくるだろ。たとえば、
「ちょっと待て。いきなり見も知らない男が出入りするようになったら近所で変な噂になるだろ」
警吾は自信たっぷりに鼻でふふんと笑った。
「大丈夫よ。この辺の人たちは周りの家庭のことなんて関心ない人たちばっかりだから。それに万が一噂になるようなら、従兄弟が転校してきて居候することになったとでも言えばいいわ」
薬院蒼流の豪邸はこの御霊市に住む住民なら誰でも知っている高級住宅地にある。一般庶民の俺にはよくわからないが、金持ち連中は生活に余裕があるから、他人のことはあまり気にしないのかもしれない。それに、従兄弟が居候してというのも案外悪くない言い訳に思える。しかし、
「いやお前はいいけどさ、俺の家は市営マンションで人の出入りも多いし、何日も俺――山王警吾が帰らなかったら近所の人たちが不審に思うんじゃないか」
あまりないとはいえ、廊下ですれ違ったら挨拶を交わす程度には近所付き合いもある。何日も帰宅しない警吾を心配しておせっかいな近所の住人が警察に通報する可能性だってゼロじゃない。
「一週間程度家を空けるぐらい平気でしょ?」
警吾は平然と言い放った。俺は目を見開いて警吾をまじまじと見た。は? 一週間? どこからそんな数字がでてきたんだ? というかこいつ一週間ぐらいで元の身体に戻れると思っているのか。
不安な色を表情に浮かべる俺に警吾はじれったそうに言う。
「とにかくあたしはあんたの家に住むなんて絶対嫌。そんなことするぐらいなら野宿した方がマシよ」
ホームレス高校生かよ。そもそもお嬢様育ちのこいつに野宿なんてできるわけがない。俺にだって無理だ。
数十分前に「家に誰もいないし、今後についてあたしの家で作戦会議しましょ」と提案してきた警吾の意図がようやく見えてきた。最初からこいつは自分の家に住むつもりだったのだ。夢のような豪邸での一人暮らしができると考え始めていた俺の幻想はもろくも崩れ去った。一歩も引く様子のない警吾を見て俺はあきらめの溜息を吐いた。
「まぁ、時々でもお前が帰ってくれればそう怪しまれずにも済むか。じゃあ当分の間、この家にふたりで同棲するってことでいいんだな?」
「ど、同棲ィ!? その言い方、卑猥な響きがするからやめてくれない。あんたは居候。あくまで共同生活。住まわせてやるっていうんだから有難く思いなさいよね」
「認証カメラのせいで俺がいなけりゃ入れもしないくせによく言うぜ」
俺がぽつりと呟いた言葉に敏感に反応して、警吾が怒りを宿した瞳で俺を睨む。俺はびくりとすくみあがった。




