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Urban Fragments

 玄関に俺が足を踏み入れると自動的に室内灯がついた。と同時に、シュカカカッと騒がしい音を立て、何者かが奥からフローリングの廊下を蹴って駆けてくる気配がする。

「ただいまー次郎丸。さぁおいで」

 警吾はその場に屈みこむと両手を広げて呼びかけた。

「わんわんわんっ」

「うわっ! ちょっ……!」

 にこやかな笑顔を浮かべる警吾の腕をジャンプでかわすと、小型犬が体当たり気味に俺の平らな胸めがけ飛び込んできた。軽い俺の身体は勢いに押され尻餅をついた。

「やめ、やめろくすぐったい! そこはだめだって……あっ!」

 ご主人様が帰ってきたことがよほど嬉しいのか、ところ構わず嘗め回してくる。

「耳なめちゃらめぇ!」

「フゥーハッハッッハッ!」

 犬は興奮していていうことを聞かない。執拗に俺の耳をぺろぺろと攻めてくる。ぞわりとした感覚が俺の全身をかけめぐる。

「はぁう……イク! 耳をぺろぺろされていっちゃう!」

「どこへイク気よ、ばか!」

「痛ッ……はっ!」

 俺はぐーで頭を殴られて正気を取り戻した。

「次郎丸。ご主人様はこっちでしょ」

 警吾は俺から小型犬――次郎丸を引き離すと胸に抱きかかえた。

 ぐるるるるううっ……かぷっ。次郎丸は低く唸ると警吾の腕にかみついた。

「いったーい!」

 たまらず警吾が腕を放すとすかさず俺の元へやってきて次郎丸が突撃してきた。今度は抱きとめて、戸惑いながらも俺は犬の背中をなでてなだめてやる。興奮がおさまってきたのかだんだんとおとなしくなり、俺のすぐそばに控えるようにして全身をだるーんとさせて寝そべった。

 腕をさすりながら警吾は恨みがましく呻いた。

「ううっひどいよ次郎丸」

「次郎丸はえらいなー。ご主人様が誰だかちゃんとわかっているもんな」

 俺が次郎丸の頭をなでてやると嬉しそうにぶんぶんと尻尾を振り回した。

「ごーるでんれとりばー?」

「どこからどうみてもミニチュアダックスフントでしょ」

 適当に思いついた犬の種類を言ってみたがはずれだった。俺の犬の知識なんてこんなものだ。犬を飼う生活とは無縁な生活をしていたんだから仕方ない。

「お前、家に犬なんか飼っていたんだな」

「次郎丸は家族の一員よ。あたしがちっちゃい頃からずっといっしょなの。そうだよね次郎丸」

 警吾が手を伸ばして犬の頭をなでようとすると低く唸り威嚇した。どうやら警吾を外部からの敵と認識しているようだ。

「うむ。実に優秀な番犬だな」

「身体が入れ替わっていても次郎丸だけはちゃんと判ってくれると思っていたのに……」

 警吾はため息をつくと靴を脱いで玄関にあがった。こっちよと着いてくるように促す。俺も警吾にならって靴を脱いだ。

「お邪魔します」

 ん? この場合、身体的には俺の家なのだからただいまといったほうが正しいのか。そんなことを考えている間に警吾は迷いのない足取りで廊下をすたすた進んでいく。

「……なんだこの広さ」

 廊下の突き当たりの部屋は広大なリビングだった。大理石っぽいテーブルを中央にしていかにも高級そうなソファーが回りをかためている。壁の奥には当然のように巨大な薄型テレビが鎮座している。部屋はシステムキッチンとつながっていて台所からリビング全体を見渡せる造りだ。

「本当にこんなところに一人で住んでんのか?」

 警吾は机を挟んで反対側のソファに鞄を投げおくとどかっと音を立て腰をおろした。

「だから来る前にそうだっていったじゃない。じゃなきゃ連れてくるわけないでしょ」

 ああもう暑いわねとつぶやくと、警吾はテービルの上においてあったリモコンのひとつを手に取りなれた様子で操作した。ぴっと音がして部屋中に冷たい風が流れてくる。

「他の家族はどうしているんだよ?」

「パパは仕事でドバイに海外出張中。ママはあたしが小さい頃に死んじゃったからいない。あっ別に気にする必要ないから。あたしだってママのことはほとんど覚えてないし。それよりあんたも座れば?」

 俺はうなずくと、おそるおそるといった風にしてソファーに身をゆだねた。ぽふん。俺の小さな身体を包みこむような座り心地に驚く。くつろいだ様子の警吾と対照的に腰のあたりがふわふわして落ち着かない。玄関からいっしょに着いてきた次郎丸がぴょんと飛び上がりソファの上で丸くなった。どうやらそこが彼の指定席らしい。

「そういえば喉が渇いたわね。なんか飲む? お茶でいいわよね」

 警吾は俺の答えを待たずに立ち上がりキッチンの奥へと移動した。ここからは見えないがきっと巨大な冷蔵庫でもあるのだろう。警吾は勝手知ったる手つきで食器棚を開くとコップを取り出して、ペットボトルからお茶を注いだ。持ってきた二つのコップをテーブルに置くと警吾は再びソファーに腰を落とした。

「どうぞ」

「あ、ああ……、さんきゅな」

 俺は出されたお茶を一気に飲み干した。まさかの豪邸に緊張して喉はからからに渇いていた。ふぅ……。一息ついて辺りを見渡す。広い。まるで家具屋のショールームにでも来たようだ。俺の家の3LDKの間取りを全部足したものより広いんじゃないか。格差社会の縮図をみせつけられた気分だ。

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[気になる点] 誤記:テーブル ああもう暑いわねとつぶやくと、警吾はテービルの上においてあったリモコンのひとつを手に取りなれた様子で操作した。
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