Beyond the Bounds
教室にふたたびもどり、真っ先に警吾の姿をさがした。
――居た。
ライカの前の席に大きな体が座っていた。俺が登校すればライカの方から話しかけたはずだ。しかし、ふたりは会話をしていなかった。どうやって切り替えしたのだろうか、気になったが確認する手立てはない。
ぼーっと突っ立ていた俺をクラスメイトの何人かが見ていた。俺は視線を振り払って自分の席へと急いだ。鞄をおいて腰かけようとして、隣のライカと目が合った。ライカは、さっきのことなら気にしてないよという風に微笑んだ。俺は小さくうなずいて椅子にすわった。
今日の二時間目は数学だったか。机の中に置いていたはずの教科書をさがす。おかしい、見つからない。ああ、そうだったとクソ重い鞄を開けた。思ったとおり今日の授業、全ての教科書が入っていた。本当に真面目なやつ。
準備を終えたとき、二時間目の開始を告げるチャイムがなった。
三時間目までは何事もなく過ぎ去った。問題は三時間目が終わったあとの休み時間に起こった。
俺は両肘をついてうつむき、机をじっとみつめた。額に脂汗が滲んだ。
(ト……トイレに行きてぇ)
俺は机に両手をついて勢いよく立ち上がった。
(女の体の場合は個室に入って用をたす。手順に間違いはないな。よし行ける。今すぐ行って楽になろう)
顔をあげると、カッと目を見開いて俺に視線を送る警吾と目が合った。
「ひぅっ」
鬼気迫った凶悪な瞳に射抜かれて俺はちょっぴりちびりそうになってしまった。口に出すと、もれてはいけないものがもれしまいそうだ。俺は唇の動きだけで訊ねた。
おまえもなのか?
大きな体を内股にして、警吾はこくこくとうなずいた。
俺は人さし指を立て廊下の方を指さした。
着いてこい。
警吾の顔に逡巡の色が浮かんだが、このままこうしていても破滅を待つだけと悟ったのだろう。結局、着いてきた。
出来の悪い二足歩行ロボのような足取りでカクカクと行進。わざわざ人の少ない特殊教室のある棟まで来た。トイレの前に人影はない。よかった、と安心するにはまだ早い。
警吾が苦しそうに顔をゆがめた。
「ねぇ……その……限界なの。どうしたらいいの?」
「どうしたらいいのっていわれてもなぁ。ナニを取り出して用を足すしかないだろ」
「ナニって何よ?」
女の姿の俺に今それを言わせるのか? とんだセクハラ行為だぜ。
「だから、ちん――もがぁ」
お望みどおり具体的にいおうとして、口を塞がれた。
「何いおうとしてんのよ! このど変態っ!」
いやいや。お前が言わせようとしたんだろ。俺は手をふりほどいた。俺もそろそろ限界を迎えそうだった。
女子トイレに足を踏み入れようとして、手首をつかまれた。切羽詰った顔をして警吾が俺に聞く。
「本当にやるの?」
「離せよ。それとも他に選択肢があるのか?」
警吾は身体をくねらせた。おずおずとした口調で切り出した。
「あんたが出して」
「えっ?」
「目をつぶっているから、あんたが取り出してよ」
「はぁっ!?」
その光景を想像してみる。警吾のうしろに回り込み、ベルトを外して、ズボンのチャックをおろす。そして――
「うわぁぁあ! 無理! 無理! 絶対無理! 絶対に教育関係団体から消される!」
「じゃあどうしろっていうのよ!」
「ズボンをおろして、便座に腰掛けて、用が終わったら軽く振れ。しまうときはパンツにナニをひっかけるんだ。そうすりゃ見ることも触れることもなく終わるだろ。じゃあなお互いに健闘を祈る」
俺はそういい残してさっさと女子トイレに駆け込んだ。個室に入りドアを閉めた。
先に出て手を洗い、外で警吾を待つ。遅い。男子トイレの奥の方からか細い声が聞こえてくる。
「もう……お嫁にいけないよぅ」
俺はマザーテレサのように穏やかな目になった。




