十周年記念
「ぐすっ……逢いたかったよ姉ちゃん。逢いたかった」
そしてずっと謝りたかった。十年前のあの日のことを――。
そんな俺の気持ちなどつゆ知らず、
「音羽もだよっ、けいちゃん」
姉ちゃんは俺の背中を慈しむようになでた。前から押し付けられるぽよんぽよんな胸の感触が気持ちいい。心が安らぎで満たされていくようだ。今なら俺、このまま昇天してもいい。
「それにしてもっ」
姉ちゃんは俺の両肩をつかみ、やんわりと突き放した。俺の身体を上から下まで眺める。目を細めてうんうんと何度もうなずいた。
「しばらく見ないうちに随分と大きくなったねー。残念だけど男の子らしい顔つきになった。悪い言い方をすれば野生化したって感じかな。音羽が死んでいる間に身長、追い越されちゃったね」
「当たり前だろ。俺だっていつまでも子供じゃないんだぜ。……って、え?」
何が残念で、何ゆえわざわざ悪い言い方をしたのかはさておき、バカな弟の代わりに姉ちゃんが死んで十年が経っていた。当時、六歳だった俺も今では十六歳。姉ちゃんと同い年になった今、身長は逆転していた。
俺は姉に見られないように涙をぬぐった。照れ隠しにやや大げさに笑いながら訊ねる。
「元気してた? ……と、この場合に訊くのはやっぱ変かな?」
「うんっ! おかげさまで元気だよ。もうかれこれ死んじゃって十周年だけどね」
姉ちゃんは小さくガッツポーズをとってみせた。十周年というのは何か違う気がしたが、笑顔はじける彼女を見ていたらどうでもいいことに思われた。
俺は声を真面目にして、先ほどから気になっていたことを切り出した。
「死んだ姉ちゃんにこうして逢えているってことは……」
「けいちゃんもお察しのとおり、ここはあの世だよ」
拍子抜けするほどあっさりした死の宣告。
うわぁやっぱりそうなのかー。
心のどこかで否定していたが、死亡確定かよ。
できれば察したくはなかったよ、姉ちゃん。
「ふらふら~と見回りしていたら、遊泳禁止区域で溺れている人がいるんだもん。泳ぐなら血の池とかでないだめなんだからね」
姉はかわいく「めっ!」と俺を叱った。血の池というのはいわゆる地獄ジョークのつもりなのだろうか。遊泳禁止も何もあの世に着いたばかりの俺に言われてもわからないってば。
「しかも『お姉ちゃーん』なんて呼ぶ声がきこえたからびっくりしちゃった」
「俺の口真似つきで解説するのはやめて。後生だからやめて」
命の危機とはいえ、そんな恥ずかしいことを口走っていたのか俺は。気恥ずかしさから耳まで真っ赤に染まる。
「そしたらあのときと同じようにけいちゃんが溺れているじゃない。音羽、二度びっくりだったよー」
もしかして、と再会してからはじめてみせる真剣な眼差しで、
「溺れるのが芸風なの?」
「んなわけあるかっ!」
俺はおどけた調子で返した。冗談だと即座にわかるのは姉弟が故だろう。十年経っても絆は変わらない。
……。
冗談……なんだよな?
言動の節々に、うちの姉天然説が見え隠れするのは気のせいだろうか。ちょっと不安になる。