The Darkness Nova
緊張とは裏腹に、クラスメイトの誰もが委員長の姿をした俺が遅れて登校したことをさして気にしている風もなかった。おしゃべりをしていた女子のうちの一人がちらりと俺の方を見たが、すぐに輪の中へと戻っていった。
(なんだか寂しいもんだな)
俺は自分の、――蒼流の机に向かおうとして足が止まった。
(あいつの席ってどこだったけ?)
クラスメイトの誰かに自分の席を聞くのも変な話だ。さて困った。出直して本人に直接聞こうかと迷っていたときだった。
「おはよう、薬院さん」
最初は誰のことかわからなかった。数秒の間をおいて、俺が声をかけられていることに気づいた。俺はその方向に目をやった。
赤みがかかった髪と白すぎる肌。日本人離れした高い鼻梁と、涼しげな目元に揺れる翡翠色の瞳。誰にでも気さくに接することができるこの男。こいつは、
「よっ! おはよう、ライカ」
俺の友達、月隈ライカだった。
(あれ?)
一瞬にして、教室内の空気が変わった。クラスメイトの視線が一気に俺に集まった気がした。
さきほどの女子の一団が俺の方をちらちらと横目で見ながらひそひそと話をしている。
「今の聞いた? 委員長が月隈君のことを親しそうに名前で呼び捨てにしたよ」
「ねー。いつからそんな間柄になったのって感じ」
「おとなしそうな顔しといてびっくり」
俺はしまったと思ったがすでに時遅し。見知った顔の挨拶にほっとして、ついいつもの調子で――山王警吾のつもりで対応してしまった。俺のそばで雑談をしていた男子の連中も興味津々といった風に様子をうかがっている。
体内から血がさぁーっと引いていくのを感じた。そんな俺の心中を知ってか知らでかライカは人畜無害な微笑を浮かべていた。
俺はおっかなびっくり、ゆっくりと首をまわして廊下の方をみた。
「ひぐぅっ!」
心臓が凍りついた。ドアを破壊せんばかりにギリギリと握りしめ、憤怒の炎を全身にまとった警吾と目が合った。警吾は巨大な体躯からは想像できない恐るべき速さで教室に入ってくると、俺の首根っこをつかみあげた。
「はなせよちくしょー」
暴れてみても手足は空を切るばかりで届かない。猫か、俺は悪さをしたノラ猫なのか。ふたたび一階にもどり、近くの空き教室に飛び込んだ。そして素早く内側から、スライド式の扉の鍵をかけた。
逃げ場を断たれ、俺は恐怖にがくがくとおびえた。
猫つかみ状態からくるりと振り向かされ、ずいいっと引き寄せられた。眼前いっぱいに怖い顔をした類人猿の姿が広がる。
「飼育員さーん! 動物園からゴリラが脱走しきてますよー!」
「誰がゴリラだ! だ・れ・が・っ! そもそもこれはあんたの顔でしょうが!」
「こわいよぅ。早く撃って! 麻酔銃で撃ち殺してェ!」
「麻酔で眠らしつつ殺すってひどい!」
客観的に観てはじめてわかる自分の容姿。なるほど。けいゴリなんて不名誉なあだ名がついても仕方ない。俺は、「強く生きろよ」との意味を込めて警吾の肩にぽんと手を置いた。
「くっ……なんか釈然としないけど、まぁいいわ。そんなことより」
警吾は太い溜息をつき、かぶりをふった。
「なんなのよ、さっきのザマはっ! 何が『大船に乗った気持ちで見ていろ』、よ! 泥船もいいところじゃない!」
「泥船とは失敬な。俺の船はタイタニック級……だぜ?」
「どちらにしろ沈むわっ!」
「ぶへあっ!」
ツッコミという名の凶器が俺の脳天を直撃し床に叩きつけられた。マジでいつか殺されると思った。




