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MOVE ME

 学校に到着。まだ一時間目の授業中だ。廊下に生徒の姿はなく静まり返っている。

 俺たちのクラスは、校舎の二階にある。階段をのぼり曲がってすぐ手前の教室だ。

 階段に足を一歩踏み出したところで、俺は警吾に肩をつかまれ引き戻された。

 警吾はビシィッと人さし指を俺に突きつけた。

「いい? 簡単なおさらいよ。これから休み時間を狙って教室に入るわけだけど、あんたは今、私――薬院蒼流の姿なんだからね。それはわかっているわよね」

「いわれるまでもないさ」と俺はいった。警吾は頭を左右にふった。

「いいえ、あんたはちっともわかってないわ。つまり、普段の私らしく振舞えってことよ」

 普段……ねぇ。今朝までの委員長のイメージは物静か。正直、それぐらいしか思い浮かばなかった。一学期ももうすぐ終わりだというのに、俺は委員長のことを何も知らなかった。それに、本性を知った今、普段どおりを演じろというのは難しい要求だった。

 俺は警吾の瞳の奥をじっと覗き込み問う。

「あのさ、なんでお前仮面委員長なんてやってんの? そういうのって疲れないか?」

「うっさいわね! わたしだって誰がすき好んで委員長なんかっ!」

「わーわー。声がでかいっ!」

 俺は人さし指を口にあてた。

 警吾は自分を落ち着かせようとするかのように、こほんとひとつ咳払いをした。

「と、とにかく、私は平穏なまま元の身体に戻りたいの。わかった? わかったら、うんといいなさい」

「あう、あう、あう」

 頭と顎をつかまれて強引にうなずかされた。

 俺は手を振り解いて怒鳴った。

「俺は腹話術人形かっつーの!」

「しー! 静かに」

 先ほど俺がしたように警吾が人さし指を口に当てた。

 俺は吐息をついた。 

「だいたいさ、お前はどうなんだよ」

「どうって何が?」

 気づいてなかったのか、と俺は呆れた。人のふり見て我がふり直せという言葉が頭に浮かんだ。ん、この場合は自分のふり見て他人のふり直せって感じか。

「さっきから女言葉がだだもれってことだよ。俺――山王警吾の姿だってことを自覚しているのか? 傍からみても――」

 俺は自分自身が傷つかないように、そして警吾となった蒼流が傷つかないように言葉を選んだ。

「気持ち悪いぞ」

 選択をあやまり、一発の銃弾が心を撃ちぬいた。俺たち二人は言葉の銃弾にダブルキルされて、

「「うがぁ」」

 同時に頭を抱えた。

 そのときチャイムがなった。俺たちは顔をあげ見合わせた。授業が終わった教室から生徒があふれ、束の間の開放感に学校中が喧騒に包まれる。遅刻して教室に入るには今を逃さずして他にない。これ以上打ち合わせに時間をかける暇はないということだ。

「まずは俺から先に教室に入る。お前は――じゃなくて、山王、山王く……んは、あとから入ってきてくれ。……入ってきやがれ」

 自分の姿を君づけで呼ぶのは不思議な感覚だった。口元がひきつってしまいそうになる。警吾の瞳に不安の色が浮かんでいた。俺は安心させようと笑顔をつくった。

「まぁ、大船に乗った気持ちで見ていろ。……見てなさぁい」

 慣れない女言葉を使ったせいか声がうわずった。警吾は牧場から市場へ売られていく子牛のような顔をした。

 俺は意を決して教室に突入した。

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