Advance On
和解も済んでやっと落ち着く暇もできたところで、俺は根本的な疑問をぶつける。
「ところでさ、なんで俺たちこんな公園の中にいるんだっけ?」
「なんでってそれは――」警吾は首を傾げた。「なんでだろ?」
「え?」
「ん?」
お前もかよ(あんたもなの)と、お互いの視線が絡み合う。
俺はこめかみを指で軽くとんとん突いて、警吾は短い黒髪をくるくると指先で弄んで、公園の真ん中で記憶を探った。
俺は小さな溜息をついた。
「……だめだ。何も思い出せない。登校途中で近道しようとして公園に入ったところまでは確かなんだけどそのあとがさっぱりだ」
「わたしもそこまでは思い出せるのよね。でも、そのあとになんであんたといっしょに倒れていたのかとなると謎だわ」
「……」
「……」
二人の間に重い沈黙が下りる。
おいおいもしかして二人して記憶喪失かよ? おどけた調子でそう言ってやろうかと思ったが、そんな雰囲気ではなさそうだったのでやめた。
脳内を探してもこれ以上何も出てきそうになかったので、俺は周囲にヒントを求めた。
おや?
公園の風景を見渡してある違和感を覚えた。たとえれば二つの絵から間違いを探すクイズ。本来あるべきはずのものがない。
公園には舗装された遊歩道の脇に等間隔で外灯が並んで立っている。しかし、その外灯の間隔が不自然に飛んでいる。
さらにおかしなことに周囲に生えていたはずの樹木もきれいさっぱり姿を消して整地されたように平らになっている。まるでその場所だけが空間ごと削られてすっぽりと抜け落ちたかのようだ。
「ああ!」
ふいに警吾が声をあげた。
「どうした? 何か思い出したか?」
「いや、それより今何時何分?」
警吾は胸ポケットを探る仕草をした。軽く舌打ちをすると、
「時間をみてくれる」
俺の胸平原のあたりを顎で示した。
「痛っ!」
いきなり、ぐーで頭を殴られた。
「何をする!」
「やっごめん。何だか無性に殴らなければいけない気がして」
俺はぶつくさ文句をいいながら胸のあたりを探った。
「どさくさにまぎれて変なところさわらないでよっ!」
さわれるほどないだろうと反論したくなったのを俺は我慢した。余計なことを言うとどんな制裁を受けるかわかったものじゃない。
まず出てきたのは生徒手帳だった。学校からは常に携帯するように指導されているが、果たして律儀に生徒手帳を持ち歩いている奴がどれほどいることか。俺なんていっしょに洗濯にだしたときにふにゃふにゃになって、とうの昔にゴミとなっている。
次に出てきたのは円盤型の金属板だった。素材は銀製で表面には見事な装飾が施されている。
「胸パッド? こんな硬いものを入れていたら逆効果だろ」
落ちてくるげんこつをバックステップでひょいとかわす。
「んなっ! よけられたっ?」
そう何度も殴られてはかなわない。
「で、なんだこれは?」
「懐中時計よ」
「へー、随分と古風な趣味をしてんだな。実物ははじめて見たぜ」
文字盤を見ようとふたを開けようとしたときだった、
「……あっ! やっぱみちゃだめぇ!」
「げふすっ!」
ショルダータックルを食らって俺は吹っ飛び、持っていた懐中時計をぶんどられた。見ろといったかと思えば見るなという。禅問答か? そもさんか?
「せっぱぁ!」
大きな身体をびくりとさせ警吾が目を見張っている。
「ごめん。強くやりすぎておかしくなった?」
「……言いたかっただけだ気にするな」
警吾は宝物を守るようにして胸元に時計をぎゅっとにぎりしめている。
「この時計は大切なものなの。だからわたしが預かっておくわ」警吾はふたを開けて時刻を確認した。「九時十分ね」
「ふむ。だったら」俺はあごに手をあて思案した。「一時間目には間に合わないけど、二時間目の授業には間に合うな」
疑わしそうなジト目で警吾が俺をみる。
「あんたもしかしてこの状況で学校に行く気?」
「何だよ。文句あんのか?」
「べっつにー。ただ意外だなって思っただけよ。てっきり、『今日は学校なんてさぼろうぜ!』なぁんていいだすと思っていたからね」
「まぁな。どちらにしろこれからも学校に行かないわけにはいかないからな」それに、と俺はいたずらっぽく笑った。「優等生の薬院蒼流が授業をさぼるわけにはいかないだろ」
警吾は渋々といった風にうなずく。
「二人して毎日学校を休んでいたら絶対に怪しまれるだろうし、仕方ないわね」
俺は近くに落ちていた通学用の鞄をひろった。
「おっと逆だったか」
ほとんど空の鞄を投げて警吾へと寄越す。俺はずっしりと重量感のある鞄を持ち上げてちょっとよろけた。
「右肩が外れそうなぐらいに重いぞ。いったい何を入れてんだ? 暗器か、暗器なのか?」
「ちがうわよバカ。どこの世界に暗器を鞄に入れて持ち歩く女子高生がいるのよ。普通に教科書を入れているだけ。あんたこそ、この軽さは何? 脳みそと同じで鞄も空っぽってことなのかしら」
「うっせーな。教科書なんてものは机の中におきっぱでいいんだよ」
警吾は口に手をあて驚いたような顔をした。「おやおやまあまあ」と言わんばかりで実にわざとらしい。
「そんなので成績大丈夫なの?」
「……」
俺は返す言葉がなかった。実際のところ成績は下降の一途をたどっていたからだ。この前の期末テストの結果も哀れなものになると予想している。高校受験を驚異的な集中力をもって短期間で突破した俺は、大学受験も同じものだと楽観視しているが、内心焦りを感じていた。
警吾はすたすたと前を歩き出した。
「おいっ、待ってくれよ! こっちは歩幅が小さいんだからさ。つーか鞄重すぎ! 交換してくれ」
警吾は一度振り返るとあっかんべーした。ごつい男の顔がそれをやると破滅的に憎たらしくて殴りたい衝動がこみ上げた。
前をかけてゆく警吾の背中は、こころなしか少しうれしそうにみえた。




