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「――というわけだ。わかった?」
「わかってたまるか!」
黙って俺の過去話に耳を傾けていた、元俺こと警吾が苛立ったように口を開く。
「あんたが、亡くなった優秀すぎるお姉さんのせいでひねくれた中学時代を送っていたことだけはわかったわ。でもそれがどうしたら、『わたしの身体で生きていくぞォ!』につながるわけ?」
俺は信じられないという風に肩をすくめてみせた。
「わっかんねーかなぁ。身体が女だったらさらに姉ちゃんに近づけるってことだよ。そもそも男の俺が姉ちゃんの真似をすることに無理があったんだよな」
ちらりと胸元を見て一言つけくわえる。
「まっ、胸の大きさは残念だけどな。この際、贅沢は――ハッ!」
首元に切れ味の鋭い日本刀を突きつけられたかのような凄まじい殺気を感じて、俺は地面を蹴って反射的に距離をとった。眼前には、両手を半握りにし、口元から荒い息を吐き、血走った目をギラつかせる一匹の獣がいた。
「残念な乳に哀悼の意を表して、ご冥福をお祈りします。なぁんてほざくのはどこのどいつかしらねェ?」
言ってない。そこまで言ってないよ、と俺は首をぶんぶん横にふった。警吾は指をバキバキと鳴らした。
「まだ慣れなくて加減の仕方がわからずに殺しちゃうかもしれないけど、許してくれるかな? ううん。わたしなんだもん。きっと許してくれるよね?」
自分に言い聞かせるような口調だった。どうやら現実逃避もまざりだしたようだ。
「ま、待て。早まるな」俺はさらにもう一歩下がった。「俺を殺してしまったら二度と元には戻れないぞ。それでもいいのか」
「いいよ」
「へ?」あっさりとした返答に俺は困惑した。
「今の話しを聞いている限り、どうせあんたは元に戻る方法を探す気はないんでしょう? ちがう?」
図星だった。そのせいで俺は一瞬言葉につまってしまった。まずい状況を打開する華麗な言い訳を早く言わなければと焦るほど頭が真っ白になっていく。
「そ、そんなことは――」
「嘘つけ!」
警吾はぴしゃりと一喝し俺の言葉を遮った。俺はそろりそろりと警戒歩行をしていた野良猫がばったりと人に出くわしたように全身をびくつかせた。
警吾は瞳に冷酷な輝きを宿し、うっすらと笑みを浮かべた。
「さて、今からあんたを撲殺するわけだけど、そのうち魂なんかが飛び出て元に戻れるかも? なあんて思わない? ためしてみる価値はあると思うんだけどな」
「すでに撲殺されること決定!?」
今度は首をコキコキと鳴らした、やる気だ。俺は何もうつしていない警吾の瞳を見て本気度を悟った。
ささいな胸のことで口論になった末に撲殺。
……嫌すぎる殺人動機だった。そんなので殺されたら死んでも死に切れない。
しかし、このままでは翌日の朝刊の片隅に殺人事件として載せられてしまう。
なんとかこの場を切り抜ける上手い言葉を紡がなくては!
「た……魂が入れ替わるなんて滅多にない体験だしさ、お互いに新しい人生が始まったと考えるのはどうだ? 身体だけは鍛えていたから、俺のもそんなに悪くないと思うぜ」
「嫌よっ! っざけんな! バカ!」即座に三段否定された。
警吾は体をくねらせて激しくいやいやした。うげっ。胃からこみ上げるすっぱいものを感じる。俺の目は一瞬でうつろになった。
「そりゃあ、あんたはいいでしょうね。絶世美少女のあたしの身体と入れ替われたんだから!」
警吾は顔をしかめると、ドカドカと地団太を踏んだ。
「それに引き換えわたしときたら人類進化の歴史を逆戻りなのよ! あたしは絶対に元の身体を取り戻してやるんだから! そんなに女になりたければ、戻ったあとにでも勝手に女装でもなんでもすればいいじゃない!」
ひと息にまくしたてると、唇をきゅっと結んで押し黙った。感極まったのか目には今にもこぼれおちそうな涙がたまっている。
俺はその剣幕に圧倒され口をあんぐりと開けて絶句した。
自分で絶世美少女だと言ってのける清清しいまでの自信過剰っぷりに愕然とした。
事実、クラスの野郎の一部にカリスマ的人気があったことは知っている。
『委員長ってあまり目立たないけど結構可愛いくね? 胸がアレだけど』
『清楚っつーの? 他の女子にはない気品があるよな。あとは胸さえあればな』
『バッカヤロウ! ロリっ娘は無念乳だからこそいいんじゃあねーか』
などとクラスの男子どもが騒いでいたのを耳にしたからだ。俺の目の前にいる薬院蒼流の真の姿を知ったら連中はどう思うだろうか。
などとぼんやり考えながら警吾の顔を眺めていると、その目元から決壊した涙があふれ、つーっとこぼれおちた。
警吾は自分が泣いていることに気がつくと、ごしごしと手の甲で涙をぬぐった。挑むような目つきをして俺を無言で睨み続ける。その目つきを子供の頃にどこかで見たような気がした。




