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少年は荒野をめざす

 中学に進学して、俺はすぐに姉ちゃんの偉大な足跡を思い知った。

 学業優秀。その上、身内のひいき目を差し引いても容姿端麗。それでいて人当たりもよかった姉ちゃんの人望は同性からも厚く、男子の一部からは崇拝の域にまで達していたという。得票率九十九パーセントで御霊中初の女子生徒会長になったことは今でも伝説として語られているほどだ。

 もちろんその栄光は、姉ちゃんが卒業してから六年が経過してもなお、一片の陰りもなく絶大だった。くわえてあの悲劇の事故死だ。教師たちの記憶に残っていないはずがなかった。教師たちの俺の見る目はただ一人の男子生徒『山王警吾』ではなく、常に『山王音羽』の弟だった。

 姉ちゃんの大活躍のせいで俺の中学時代は暗黒に染まっていた。何かにつけて、姉ちゃんと比較されることを余儀なくされたからだ。

 姉ちゃんを知っている奴らの心の声が聞こえてくるようで俺はいつも怯えていた。

 これは罰だ。俺が姉ちゃんを死なせたことによる天罰だから仕方ない――と。

 俺はへらへらと笑ってやり過ごす術を学び、息苦しい毎日をどうにかやり過ごしていた。

 転機が訪れたのは中三になってからだった。

 急激に身体が成長したのだ。にょきにょきと身長が高くなり夏頃には百八十センチを越えた。横方向にもしっかりと筋肉がつきたくましくなった。

 新しい力を手に入れたような気分になって、日々成長をとげる自分の身体に俺は歓喜した。こっそりと「俺の右手が疼くっ! 疼くぞォッ!」などといったり、格ゲーの技を真似て必殺技をリアルで繰り出していた。今思うと恥ずかしさで死にたくなる。

 体が大きくなったことで心にも変化がおきた。殊勝な態度で受け入れていた罰に対して反抗したくなった。平たく言えばグレた。

 不良の教義に従うようにして髪を真っ赤に染めあげて、耳にはピアスをつけて、勉強もせずにただ力だけを持て余し、友達とバカばかりやっていた。同級生からは恐れられ、教師と揉めることなんて日常茶飯事だった。

 そんなことをしても罪の意識は消えるはずがなく、むしろ肥大化するばかりで空しさが俺をさらに荒ませた。

 俺の悪行はとどまるところを知らず、ついには両親が学校に呼び出された。俺は両親共々、生活指導室で教師と対決することになった。

「うちの子がご迷惑をおかけしてすみません」

 謝罪を口にする両親をみると内心胸が痛んだが、俺はふてくされた演技を続ける他なかった。

 足を投げだしたたまイスに腰掛けて、

「先生よぉ、両親は関係ないだろ。全て俺がやったことだ。説教するなら俺だけでいいじゃん」

 生活指導担当の学年主任は、やれやれと言わんばかりにかぶりをふった。深いため息をつき、まるで汚らしいものを見るような目つきをした。

「お姉さんはあんなに優秀で、できた子だったのに、弟のお前ときたら……。いったい家ではどんな教育をなさっているんですかねぇ?」

 今、この場で最も触れて欲しくなかった姉ちゃんの話題がでてきたことで俺は理性を失った。目の前にあった机を乱暴に蹴った。机の端がむかつく主任のどてっぱらに当たってうめき声をあげた。ざまあみろ。

「悪かったな! ごらんのとおり、生き残ったのが出来の悪い弟の俺でよォッ!」

「なんてことするの警吾! 先生にあやまりなさい!」

 咄嗟におふくろが俺を叱りつけた。俺は興奮収まらず、矛先を隣にいた両親に向けた。

「あのとき俺が死んでいれば……どうせお前らもそう思っているんだろ!」

 そのときのことは今も鮮明に思い出すことができる。

「警吾! 言っていいことと悪いことが――」

 小心者の親父が思わずといったふうに拳を振り上げた。俺は殴られることを覚悟して目をつむった。騒然とする生徒指導室内にぱしぃっ! と乾いた音が鳴り響いた。

 思っていたよりも痛くない。俺がうっすらと目を見開くと、普段は温厚なおふくろが――いつの間にか背を追い越していた母さんが涙を浮かべて立ち尽くしていた。親父が殴る前に俺に強烈な平手打ちをかましたのだ。

 予期せぬ方向からの反撃に俺の思考は停止した。一瞬の静寂。

「何、すんだよっ! くそばばぁ!」

 母の細い肩が細かく震えていた。俺を正面から見据える瞳には絶対に引かないという強い意志が込められていた。目尻から大粒の涙が零れ落ちる。俺は小さな母さんの気迫に押されて目をそらした。

「おなかを痛めて生んだ我が子が死んでいた方がよかったと思う親がありますかっ!」

 俺は雷に撃たれたように動けなかった。

 叩かれた頬よりもその言葉の方が何倍も心に痛かった。

 親父は母さんの肩を抱きしめて毅然とした口調でいった。

「このことは家族で話し合い決着をつけますので、どうかこの場は納めていただけませんか」

「ふ、ふんっ! 子が子なら親も親ですな」

 俺はキッと睨みをきかせた。ひぃっと短い悲鳴を主任は飲み込んだ。

「も、もう帰ってよろしい!」

 ありがとうございますと親父は一礼した。

「帰るぞ警吾。さぁ母さんも」

 俺は黙って従うしかなかった。

 家に帰って初めて、俺たち家族は姉さんとの思い出について語り合った。

 その日から俺は心を入れ替えた。まずは身なりを正し、それから遅れた分を取り戻すようにがむしゃらに勉強に打ち込んだ。もう周りの目は気にならなくなっていた。

 低空飛行だった俺の成績は、上昇気流に乗った。

 こうして俺は、姉ちゃんが通ったのと同じ御霊高校に入学することができた。ちなみに御霊高はこの辺では一番レベルの高い高校だ。

 入学式の日、桜が舞い落ちる校門をくぐったときに俺は誓った。

 俺を助けて死んだ姉ちゃんの分まで生きてみせる、と。

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― 新着の感想 ―
[一言] 中3に上がった時に成績が底辺だったのに、近くで一番レベルの高い高校に入れたのはすごいことだと思う。姉と同じく元はできる子!
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