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マリアナ海溝の溜息

「はぁー……」

 男が長い溜息をついた。先に沈黙を破ったのは意外にも彼の方からだった。

「いまさら確認するまでもないことだけど、わたしの身体に入っているあんたは」

「……山王警吾」

 お互いに言葉を吟味するような間をとってから俺も質問する。

「そして俺の身体に入っているお前は」

「……薬院蒼流」

「だよねぇ……」

「だよなあ……」

 俺たちふたりは肩を落とし、マリアナ海溝より深い溜息をついてうなだれた。

 しかし困った。俺は教室で委員長――薬院とほとんど会話したことがない。今話したいことは山ほどあったが、どうやって切り出していいものか分からない。

 さてどうするかと迷っていたら、薬院が口を開く。

「あんたの意見を聞きたいわ。わたしたちがおかれている今の状況をどう思う?」

 俺は腕を組み低くうなった。薬院は俺の考えがまとまるのを待った。

「信じたくはないが」と前置きして俺は慎重に言葉を選びながら意見を述べた。「心と身体が――魂が入れ替わったと考えるのが自然だろうな」

 自分でも笑ってしまうような荒唐無稽な考えに、はははと愛想笑いを浮かべたが、すぐにやめた。薬院が微塵も笑っていなかったからだ。

 俺の言葉の意味を咀嚼するように難しい顔をして考え込んでいる。

 考え込むときの癖なのか、薬院は前髪をかきあげる仕草をした。そしてかきあげる髪がないことに気づいてハッとしたようだ。夏特有のけだるい風がふいて、俺の前髪と頭の後ろで束ねられた長い後ろ髪がそよそよと揺れた。

「……確かにそのようね」

 諦め半分、戸惑い半分といった口調で薬院は認めた。

 そしてちっと舌打ちを鳴らした。

「よりによってけいゴリとだなんて……」

 唇をかみ、右手で身体を抱きしめる格好をしながら、

「最高に最悪だわ」

 吐き捨てるよう薬院はにいった。

(魂が入れ替わっているのは実は俺だけなんじゃ?)

 俺の心に不安感が急速に広がった。

 というのも、教室にいるとき薬院の印象――いかにも大人しい模範的な優等生といった姿――からは地球と海王星ほどもかけ離れた態度と言葉使いだったからだ。

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