ガリヴァーの気持ち
一直線に俺を見つめる男の瞳に映っていたのは、大きな碧眼をさらに大きくして口元を手でおおった少女の顔だった。俺がぶんぶんとかぶりを振ると瞳の中の少女も見事にシンクロした。
「ま、まさか……」
俺は立ち上がると慌てて自分の身体のあちこちを確かめてみる。
腕は細く慎重に扱わないと折れてしまいそうだ。肌は大理石を使った彫刻のように白い。触ると自分でもびっくりするぐらいなめらかな肌さわりがした。適度な緊張に包まれていた筋肉の鎧を剥ぎとられたかのようで心許ない。
「げげっ!? なんでセーラー服なんか着てんの俺!」
着ているのは学校で見慣れたいつもの女子制服――御霊高のセーラー服だった。さっきから足元が妙にすーすーすると思ったらスカートをはいているせいだった。俺はさっと股を閉じた。頼りなくてなんとも気恥ずかしかったからだ。
もちろん俺には女装趣味なぞないが、心と身体から生じるズレからだろうか、ぞくりと身体が震えた。なんだこの変な気持ち。
次に身体中を小さな手で弄ってみる。
「……!!」
ある。手のひらよりやや大きめのサイズの果実が二つ、たゆんたゆんと実っている。混乱で乱れる呼吸にあわせて胸の上のネクタイがわずかに上下した。ということは……。俺はごくりと喉を鳴らした。これ以上先に進むには覚悟が必要だった。そして俺は触れてはいけない神聖な場所に踏み入るようにしてスカートの上へとおそるおそる手をやった。
ない! どこにもない! その場所から俺の大事な相棒の気配が完全に消えて失せていた。
頭が真っ白になり眩暈がしてその場に倒れこみそうになる。
状況の前後を鑑みれば、答えはひとつしかない。
「まさか俺が委員長になってるうぅぅぅぅぅ!?」
周囲に甲高い絶叫がこだました。
木々の中から事前に打ち合わせでもしていたかのように蝉時雨の弾幕が一斉に降り注いだ。
俺が戸惑い慌てふためく様を傍観していた元俺の姿をした男がのろのろと立ち上がった。こうやってお互いに対峙してみると身長差は歴然としていた。
お前は妖怪ぬりかべかとつっこみたくなる威圧感があった。相対的にみて今の俺の身長は百六十センチぐらいだろう。急に目線が低くなったことで、世界が広く感じる。巨人の王国ブロブディンナグに上陸したガリヴァーの気持ちが少しだけわかった気がした。
「……」
「……」
男は口を一文字に結び、俺を睨みつけるように見下ろしてくる。何をそんなに怒っているのだろうかと不安になってくる。
平均的な男子高生よりも身長が高かった俺は、他人を見下ろすことの方が圧倒的に多かった。他人を見上げるというのはこれほど落ち着かないものなのか。元俺の迫力に怯みそうになったが、俺は目を逸らさなかった。
「……」
「……」
……暑い。大地を焼き尽くすことに熱心な太陽の光を浴びて、黙って突っ立っているだけで背中と額に嫌な感じの汗がじっとりとにじむ。生温かい風が吹いて頬を撫でた。
冗長的な部分をいくつかカット。




