目覚め
「いつまで寝たふりしてんのよ! さっさと起きなさいってば!」
何者かによって前後に激しく肩を揺さぶられて俺は意識を取り戻した。あ、あごがガクガクするぅ。まるで大荒れの海に放り出された小船のように脳が揺れる。き……きもちわりい。
「は、放せよっ!」
俺は眉根を寄せて、反射的に右手で肩を掴む腕の片方をふり払った。
「うう……んっ。頭が痛ぇ。何がどうな……ってうわああああああぁ!」
こめかみのあたりを押さえながらうっすらと目を開くと眼前に人影が広がった。その影は身長一八五センチの俺をゆうに越えている。なんという巨体だ。木の陰になって表情は見えないが、殺気を孕んだ一対の瞳だけがはっきりと浮かび、俺の顔を睨みつけている。
「なななななっ、なんだですかお前っ」
突然のことに混乱して呂律がうまく回らない。俺は尻餅をついた格好のまま、腕と足をじたばたさせて、無我夢中で後ずさった。ドンッ! と音がして後ろの木にぶつかり進路を阻まれた。
「ぎゃッ!」
木の上から何か硬いものが降ってきて俺の頭に直撃した。目から火花が飛び出てちかちかする。
さっきからなんなんだってんだよちきしょう。今日は厄日だ。厄日にちがいない。
涙目になって前方に視線をやると、男の影が立ち上がり、まるでゾンビのように左右に身体をゆらゆらさせながら距離を詰めてくる。
やばい。やばい。やばい。
逃げて距離をとらなくてはと心は焦るのに、肝心の足腰がいうことをきかない。
そうこうしている内に男の影は俺の目の前にやってきていた。
「……」
男は無言だった。そのことがよりいっそう俺の恐怖心を増幅させた。
もう逃げられない。そう悟った俺は本能的に身を丸めて防御体勢をとった。
……。
何も起こらない。
おそるおそる腕の隙間から様子を窺おうとしたそのとき、
「!」
頭を抑えている手の上にぽたぽたと生温かい雫が落ちてきてびくりと身体を縮ませた。そのあとも雫はとめどなく落ちてきては濡れ広がっていく。頭上から小さな嗚咽が聞こえてきた。
勇気を振り絞って頭上を見上げると、落ちてきた水滴が俺の頬をつたって流れ落ちた。男の広い肩は大きく震えていた。
俺は呆気にとられて訊いた。
「……。なんでお前、泣いてんの?」
「よかっ……た。もうっ……本当に死んじゃったと思ったんだからっ!」
涙を両腕で拭うと、男はその太い両腕を回し俺を力いっぱい抱きしめてきた。そして時折、喉をつまらせるようにして泣いた。
「うぐっ、く、苦しい……」
何が悲しくて見ず知らずの野郎から熱い抱擁を受けなければならんのだ。暑苦しいことこの上ない。新手の拷問かこれはっ。泣きたいのはこっちだっつーの。頭の上でマイムマイムを踊り狂う疑問符たちの輪の中に飛び込んでしまいたい気分だ。




