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 すでに鼓動が止まって十年がたとうとしている心臓が、再び波打つのを音羽は聞いた気がした。

「いやぁ~ん、もうっ! このまま連れ帰っていっしょに地獄に落ちてしまいたくなる~!」

 音羽は全身を左右に激しくふって身悶えた。漆黒の長い髪と胸とが揺れる。急に真面目な顔をして動きを止めた。

「いっしょに地獄に落ちて?」

 いまさっき口にしたばかりの言葉を反芻した。唇に人差指を当てて思案する。

(もしかしたらできるかも!)

 スカートのポケットからいそいそとケータイを取り出す。

 かしゃり。

 おもむろに委員長を激写。液晶画面で取った写メをすぐに確認。んみぃー。恍惚とした表情を浮かべて見入る。

「……はっ! あまりのかわいさに目的を忘れて、うっとりしてしまったよ!」

 じゅるりとたれたよだれをふいて画面に視線をうつす。そこには委員長の経歴が表示されていた。

「ふむふむ。名前は『薬院蒼流やくいんそうる』。蒼流ちゃんかー。名前もステキじゃない!」

 続いて『三途川渡航者名簿』を取り出す。期待に胸をふくらませ、蒼流の名前がないかを照会してみる。顔に落胆の色がさした。

「んみー。残念。蒼流ちゃんも死ぬ予定じゃなかったのね」

 死神でもない音羽が死ぬ予定がない者を地獄に連れ帰ることはできない。いや死神にすらそんなことは許されない。冥府の王である閻魔によって全ての魂は厳重に管理されているからだ。いつもは気安く話しかけている閻ちゃんでも、本気で怒ると怖いことは音羽も知っていた。

「はぁ……かわいいって罪なのね」

 音羽は蒼流の髪を愛おしそうになでた。手から離れた隙にどこかへ飛んでいこうとする蒼流の魂を左手で目もくれずにはっしと掴む。夢中になっても意外としっかりしていた。

 まぶたに焼きついた幼き日の警吾の姿を音羽は思い浮かべた。“ごっこ”をしてよく遊んだことが懐かしい思い出となって胸によみがえる。

「あーあ、けいちゃんも昔は、『音羽お姉ちゃん待ってよぅ~』なんていったりしてさぁ、蒼流ちゃんみたいにかわいかったのになぁ。それがあんな、うほうほになっちゃうなんて、進化の鎖がどこかでねじれたとしか思えないよ。神様を呪殺したくなるわ」

 特に涙目になったけいちゃんは愛くるしかったと回想した。肉体を失った今、現世に音羽の居場所はない。無意識のうちに吐息がもれた。

「ううっ……やっぱり独りは寂しいよぅ。ちゃっちゃっと終わらせて早く閻ちゃんの待つ地獄に帰ろうっと」

 うんしょっと蒼流の口に人魂を押し込もうとしたまさにそのとき。音羽の脳裏に電撃的な閃きがあった。手元にあるふたつの人魂を交互に見比べる。そして、にんまりと笑った。

「んみみっ。そうだっ。いいこと思いついちゃった!」

 音羽はそのすばらしい発想に震撼した。意識の塊となった人魂は敏感に不穏な空気を察知したのだろう。文字通り運命を音羽の手に握られた警吾と蒼流の魂は、がくがくとふるえ上がった。

 きょろきょろとあたりの様子を窺う。誰にも見られてないことを確かめると、音羽は早速行動に移した。


 二人の身体に魂を戻し終えてつぶやく。

「あるべき魂はあるべき肉体に還る、だよねっ。けいちゃん喜んでくれるかなぁ? ああっ、いいことをしたなぁ!」

 一仕事終えた後の充足感に満たされて、彼女の身体が薄くなっていく。空へと向かう途中で名残惜しそうにもう一度振り返った。

「大好きだよ、けいちゃん。またねばいばい」

 太陽が燦燦と照りつける夏の蒼い空に吸い込まれるようにして音羽は消えた。

 そのとき彼女は気づかなかった。

 スカートからケータイがすべり落ちたことに――。

1章もこの話で終わりです。文庫本で46頁分に相当する量を読んでいただきありがとうございました。

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