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流されて三途川

「まいったなー。俺、死んじゃったのかー」

 他人事のように独りつぶやく。だって仕方ないだろう? 自分が死んだことをなんとなく理解はできても、実感がついてこないのだから。

 頭のうしろで手を組み、船底に身をまかせ倒れこむ。

(三途川といっても、近所に流れる河とたいして変わらないんだな)

 と、案外のんきなものだった。

 はて? 何か重要なことを忘れていないか。

「三途川――川……川の上だとォ!?」

 俺はがばりと起き上がった。船の縁に猫の手をかける。大きな身体を縮めておそるおそる眼下をのぞき込んだ。ゆらゆらと青白い水面が揺れていた。指先でちょんと触れてみる。

「ひゃうっ! 冷たいッ! 水、怖ェ!」

 告白しよう。

 子供の頃にあった水難事故で一度死にかけて以来、俺は極度の水恐怖症になってしまった。事故当時は風呂に入るのはもちろん、顔を洗うのに水をつけるのすらも怖かったほどだ。時が経つにつれだいぶ恐怖も和らぎ、日常生活を送る上で支障をきたすことはなくなった。けれどプールや海といった水辺には決して近寄ろうとはしなかった。事故の恐怖がよみがえって気分が悪くなるからだ。

 辺り一面を水に囲まれている現在の状況は、俺から理性を奪うのに十分だった。

「死ぬうっ! 溺れ死んでしまうっ!」

 恐怖のあまり自分がすでに死んでしまったことも忘れ叫ぶ。激しい眩暈と吐き気が襲ってきた。狭い足場の上を沈没船から逃げ出すネズミのように右往左往。そのたびにぐわんぐわんと小船が左右に大きく傾き、水面を叩く。

 揺れで船頭の骨がふるえ、ケタケタと笑い声をあげた。

 人が必死になっているときに何を笑ってやがる。

 俺は船頭を睨つけ、

「そこぉっ! 笑ってんじゃねぇ! そんな暇があったら船を岸に戻せよ!」

 足をぷるぷるふるわせながら人差指を突きつけて怒りの咆哮をあげた。

 やがて――

「あっ……!」

 小船の縁に足がひっかかり、もつれた。我が身は空中へと投げ出された。

 どっばっしゃー! 

 派手な着水音を立てて河に落ちた。

「わぷっ……助っ! 誰か助けてくれっ!」

 浮き沈みしながら必死にもがき、俺は助けを呼んだ。返事がない。いっしょに転覆させられてはたまらない。これ幸いとばかりに船頭は客を降ろしたまま霧の彼方へ消えていく。

「この……ごふっ……薄情もの! 人でなしっ!」

 絶体絶命。

 いよいよ錯乱した記憶が水難事故のときと重なる。

 幼心に死を覚悟したあのとき俺は――どうした。

 水を飲み込むのもかまわず、ありったけの息を吸い込んだ。

 最後の力を振り絞り全力で叫ぶ。

「助けて! ……僕を助けてよっ! ……お姉ちゃぁぁぁん!」

「よんだー?」

 のんびりした口調で返事がきこえた。目に水が入り視界がぼやける。可愛らしく小首を傾げ、頭上から俺をのぞき込む少女の姿が見えた――気がした。

(ねえ……ちゃん……? 今度も、助けにきてくれた……?)

 意識が暗闇の底に、深く、深く沈んだ。

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