封印
姉は閻ちゃんとの電話のやりとりで何度か首を縦に振った。封印を解く手順を確認しているのだろう。やがて俺の方に向き直った。
「けいちゃん、音羽の手をしっかり握ってて! 今から閻ちゃんが封印を解いてくれるから!」
言われたとおりに俺は姉ちゃんと手を繋いだ。
「けいちゃん、その握り方じゃ、だーめ」
恋人たちがするように、姉ちゃんはお互いの指をしっかりと絡まさせる握り方に素早く変えた。「これでよしっと」
「俺らラブラブだな姉ちゃん」
照れ隠しに俺は軽口をたたいた。姉ちゃんは握った手を前後にぶんぶんまわして「らぶらぶ~」と上機嫌になった。固く結ばれた手とは対照的に緊張の糸は解けた。
お互いの瞳をじっと見つめあい意思を確かめあう。迷いの色はなかった。同時にうなずきあった。
「準備完了だよ。閻ちゃん」
「うむ。封印が解かれるのは実に数百年ぶりじゃ。何が起こるのかさすがのわしにも予想がつかん。心せよ。ケータイを結界の前に翳すがよい!」
閻ちゃんの指示に従って姉ちゃんがケータイを掲げた。ケータイの奥からごにょごにょと意味不明な呪文が唱えられる。
思っていたより長い。俺はかさかさに乾いた唇をちろりとなめた。
やがて封印の札がはらりと落ちた。ついに封印が解かれたのだ。洞窟を揺らす轟音を立てて、扉がひとりでに内側に開いた。暗闇の中から何者かが横を通り抜ける気配がした。次の瞬間、びゅうびゅうと目をあけることも困難な突風が吹き荒さんだ。風は妙に生暖かく、カビ臭い。長くは続かず風はすぐにやんだ。
しゅぼぼぼぼぼぼっ!
前触れもなく扉の手前から奥へ向かって順に灯りがともる。俺は反射的に灯りの方向に目を向けた。壁に設置されていた人の頭骨も模した燭台にろうそくの炎が揺らめいている。なんて悪趣味!
「次は何が起こるんだ? それとも、もう終わり……なのか?」
安堵して気がゆるんだせいだろうか。身体が軽くなった気がした。隣の姉ちゃんに目を向けて俺は目を丸くした。
「ちょ、姉ちゃん、いつのまに空を飛べるようになったのさ!」
「そういうけいちゃんだって浮いてるよ?」
「え?」指摘されて足元を確認する。足がうっすらと消えかかっていてふわふわと浮いていた。
「何じゃこりゃあッ!」
「現世の扉が開いたせいで霊圧から解放されて霊体になったみたい。いわゆる浮遊霊ってやつだね」
「霊圧?」
「んーっと、霊圧っていうのはね地獄における現世での重力みたいなものなの。死んだ人は霊体になってふわふわ浮くんだけど、それだと管理する方には都合が悪いってことで、地獄では霊圧がかかっているの」
なるほど、とうなずく俺の耳に、歩いてきた地獄側の道から不吉な音がこだまする。まるで大雨で氾濫した濁流のようだ。
 




