二枚目の短冊
二枚目の短冊
七月七日。
文化祭の帰り道。
「少し休んでいかない?」
校門の向かいには、小さな喫茶店があった。
店先には、大きな笹。
色とりどりの短冊が風に揺れている。
『天の川の特等席』
そんな看板が、小さく灯りに照らされていた。
「いらっしゃい。」
白髪のマスターが、静かに迎えてくれる。
窓際の席へ座ると、天の川がよく見えた。
「短冊はご自由に。」
マスターが笹を指す。
私は適当に一枚取る。
隣では春樹が、迷わずペンを走らせていた。
少し気になって覗く。
『志望校に合格しますように』
思わず吹き出した。
「真面目。」
「普通だろ。」
「普通すぎる。」
私は笑いながら言う。
「でも、本当は違うじゃん。」
春樹が目を逸らす。
彼が本当に行きたいのは、美術の専門学校。
家族にはまだ話せていない。
「なんで嘘を書くの?」
春樹は照れくさそうに笑った。
「本当の願いを書くとさ。」
「叶わなかった時、恥ずかしい。」
「神様相手に?」
「神様相手だから。」
意味が分からない。
私は首をかしげる。
春樹はそれ以上話さなかった。
二人でコーヒーを飲み終え、店を出る。
その時だった。
一陣の風が吹く。
笹が大きく揺れる。
一枚の短冊が、ひらりと私の足元へ落ちた。
「あ。」
春樹の字。
届けようとして。
何気なく裏返す。
そこには、小さく書かれていた。
『来年も、その次の七夕も。
君と、この店で笑っていますように。』
胸が熱くなる。
「……ばか。」
「それ!」
春樹が慌てて駆け寄ってくる。
「見た?」
私は短冊を背中に隠した。
「見ちゃった。」
「返して!」
耳まで真っ赤。
私は笑いをこらえきれない。
「神様にも秘密だったんでしょ?」
春樹は観念したように肩を落とした。
「……うん。」
私は短冊をそっと返す。
そして。
少しだけ勇気を出した。
「その願い。」
「叶うといいね。」
春樹は困ったように笑う。
「無理かもしれない。」
私は首を振った。
「そんなことない。」
「だって。」
私は彼の手に短冊を戻した。
「来年も、ここに来る約束なら。」
「私もできるから。」
春樹はしばらく黙っていた。
やがて照れくさそうに笑う。
「じゃあ。」
「来年も。」
「この席で。」
二人は店を振り返る。
窓の向こうでは、マスターが静かにカップを磨いていた。
目が合う。
マスターは何も言わず、小さく会釈をする。
まるで。
その約束を、天の川が預かったことを知っているように。
笹の葉がさらりと揺れた。




