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最愛は誰だ  作者: 藤烏あや@『死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい』発売中


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第六話

 夕焼けの名残が消え、暗幕が帝都を覆い尽くす夜。

 普段は高位の華族や政治的な催しを行う鹿鳴館(ろくめいかん)では、軍人達のための祝勝会が開かれていた。

 勝利に酔ったかのように軍人や、その許嫁達が和やかに談笑をしている。

 ダンスホールでは、オルケストラが軽やかな音楽を奏で、くるくると花々が咲き誇っていた。

 使用人が、今宵の主役の名をホールの隅々まで届かせる。


「月宮樹様。並びに、許嫁様の入場です!」


 その声に、まるで時間が止まってしまったかのようにホールが静まり返った。

 正面出入り口から入場してきたのは、三つ揃いの洋装をした樹だ。

 彼の手に引かれ、鴇はおずおずと緊張した面持ちでホールに足を踏み入れる。

 鴇が歩くたび長いトレーンが揺れる。それはまるで夜空を流れる雲のように柔らかな陰影を描いていた。

 目をひくのはそれだけではない。

 腰から背にかけてふわりと盛り上がる絹布は幾重にも重ねられ、背骨からうなじまでなめらかな曲線を描く。

 帯の代わりには銀糸を織り込んだ幅広のサッシュを締め、中央にオレンジフラワーの意匠を施した飾り金具が煌めく。

 胸元は着物の打ち合わせを残したまま立て襟に仕立てられており、上品さを醸し出していた。

 和装の端正さを崩さずに洋の意匠を取り入れたその姿は、まるで静かな夜空そのものを纏ったようで、会場の視線を自然と集めてやまなかった。

 ホールの中心で二人が歩みを止めると、人並みをかき分けて一人の女性が前に躍り出た。


「ま、待ってください!」

「万葉……」


 鴇から奪った浅葱色の振袖を着た万葉が、目をつり上げる。

 怒りで周りが見えていないのか、彼女は少し膨らんだ胎を見せつけるように突き出した。


「私は月宮様の子を身籠もっているのよ! どうしてその女が隣にいるんですか!」


 万葉の宣言に、周りがざわめいた。

 連れ添う許嫁がいる前で不貞行為が明らかにされたかと勘違いが波紋を呼ぶ。


「どういうことだ?」

「月宮様も男ということでしょう」

「だが婚前交渉とはいささか……」


 万葉が得意げに鼻を鳴らす。自身の要望が通ると言わんばかりの態度だ。

 樹が万葉を見つめていると勘違いしているようで、だらしなく緩んだ顔を隠しきれていない。

 樹の隣に立つ鴇は、万葉から視線を彼に戻し、息を呑んだ。

 温かく柔らかな印象を受けるはずの瞳が、絶対零度とはこのことかと思うほど冷え切っている。

 喧噪を裂くように樹の低い声が響いた。


「その布きれが入った腹で何を産むと?」

「しゅ、出立前に愛し合ったではありませんか! あの日の喜びを私、忘れておりません!」

「俺にそんな記憶はないな」

「それは……貴方様が記憶を失っておられるからで……!」

「樹様は私と将来を誓い合ったのだから、貴女との思い出なんてありはしないわ」


 万葉の後ろから、弥生までもが自らを推すように前へと出てきてしまう。

 桃色の振袖に栗色の髪を結い上げたその姿はとても愛らしい。

 だが、可愛らしい見た目に反し、紫色の目だけが不満げに揺れていた。

 大きなため息をついた樹が、鴇の腰へと手を回す。


「葛の葉にも挨拶せねばと思っていたところだ。そちらから来てくれて手間が省けた」

「樹様」

「お前に名を呼ぶ許可を出した覚えはないな」

「っ、鴇に何を言われたか分かりませんが、その子は貴方様に相応しくありませんわ」


 苦虫を噛み潰したように告げる弥生に万葉が便乗する。


「そうです! 姉は異能を持っていない無能なのですよ!?」

「無能? はっ、違うな」


 腰を引き寄せられ、後ろから抱きしめられる。

 回された手に顎を優しく掴まれ、鴇の顔が樹へと向けられた。


「鴇はちゃんと異能持ちだ。少しばかり発見が困難だが、唯一無二の異能だ」

「はぁ!? なら今使って証明して見せなさいよ!!」

「お前らごときに鴇の手の内を明かすわけないだろう」


 強気な笑みを浮かべた樹が、鴇の頬に口づけを落とした。

 声にならぬ声が、万葉と弥生だけでなく、周りの貴婦人達からもあがる。

 樹はそれ楽しむかのように艶めかしく頬笑んだ。


「さて。俺に異能を使い、鴇に害なそうとした命知らずはどちらだ?」


 息をするのも嫌になるほどの重圧がのしかかる。

 色っぽい表情とはかけ離れすぎていて、温度差で風邪を引いてしまいそうだ。

 口を開いた瞬間に首が飛ぶような空気の中、鴇だけが口を開いた。


「樹様。そんな怖いお声では話せることも話せなくなってしまいます。それに、なにか事情があるのかも……」

「……鴇は優しすぎる。まぁいいか。命知らずは片方だけではないのだからな」

「ひっ。どうして……まさか、記憶が戻ったというの?」


 樹から鋭い目を向けられた万葉が一歩後退る。

 反対に、弥生は笑みを崩さずに樹へと近づいた。


「まぁ。記憶がお戻りになったのですね。では私が本当の許嫁だと思い出してくださったでしょう?」


 両手を広げた弥生から、樹に向かって何かが飛び出す。

 だが、鴇以外には見えていないようで、誰も気がついていない。

 鴇はそれにぶつからないよう樹の体を押すがびくともしなかった。

 慌てる鴇をよそにそれはあっさりと樹の胸をすり抜けていく。


(よかった……。でもあれは一体……?)


 目をぱちくりさせていると、今度は樹から弥生に向かって飛び出した。

 それは弥生のもののようにすり抜けることはなく、彼女の胸へと吸い込まれてしまう。

 ゆったりと微笑でいた弥生だったが、みるみると顔が青くなっていく。


「な、なんで……! 私の、私の異能が……!」

「きゃあ! 火、火が!」


 万葉の周りに炎が現れる。

 慌てて逃げようとする万葉だが、それはどれだけ逃げようと彼女を追従しているようだ。

 それはまさに異能で、先ほど鴇が見た物が何かしらの異能だと理解した。

 火災になりかねない状況に緊張が走る。

 しかし、また樹から弥生に向かって飛び出したものが彼女の胸に吸い込まれると、炎も消えてしまった。

 弥生は信じられないと言わんばかりに頭を抱えて座り込む。


「ま、また私の異能が……」

「痛ったぁい! なによもう!」


 弥生の異能から逃げるため無茶な動きをしたのだろう。

 万葉の足下からころりと丸められた布が転がり出ている。

 しかし彼女はまだ気がついていないらしい。


「はっ、やはり妊娠は嘘か」

「え? あっ、違っこれは手拭で……!」


 万葉が慌てて丸められた布を拾い上げ、言い訳を口にする。

 しかし、腹から布が落ちたことで、着物が着崩れてしまっていた。

 そこに何かが入っていたのは明白だ。


「そんな嘘が通じると思うか?」

「っどうしてよ! 無能なその女より私の方が良いに決まってるのに!!!!」


 叫びだした万葉を一瞥した樹は、冷めた目で告げる。


「品性は金で買えないと学ぶこともできない女を俺が娶るとでも? 勘違いも甚だしい」


 黙り込んでしまった万葉は、魂が抜けてしまったのかその場にへたり込んでしまった。

 樹の視線が万葉と弥生へ冷めた目を向ける。


「そもそも月宮家がなぜ異能の家系を取り纏めることが出来ると思う?」

「……」

「封じられるからだよ。今みたいにな」

「っ」

「おい。こいつらを牢へ連れていけ」


 ますます頭を抱え込んだ弥生と力の抜けた万葉を我に返ったらしい軍人達が回収していく。

 樹は普段の顔に戻り、一言告げた。


「皆、面倒事に巻き込んですまない。もう邪魔は入らないから、好きなだけ楽しんでくれ」

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