円満な婚約解消だと思っていたので、次の相手にあなたの憧れの人を推薦してしまったんですが……。
「お前との婚約は破棄だ! 私は真実の愛を見つけた、冷たい君とは違ってもとよりベリンダのことを愛していた」
アルフレットはそう言って、厳しい視線をオーレリアに向けた。
オーレリアはきょとんとしてしまって、それから急な呼び出しと思えばこれかとため息をつきたくなった。
アルフレットのそばには、彼と同じ魔法学園の制服を着たベリンダと呼ばれた女性が座っている。
ベリンダは少しカールしている金髪と美しい碧眼を持ったかわいらしい人だった。
「幼い頃に結ばれた婚約という契約に捕らわれて、私たちの愛は阻まれていた! しかし今は違う! この機会を逃すことはない」
寮の応接室の窓からは暖かな光がさんさんと差し込み、オーレリアはせっかくの休日だったのにとがっくりした気持ちになる。
こんなことのために、丸一日馬車に乗ってやってきたと思うと馬鹿馬鹿しかった。
そもそもオーレリアはこの魔法学園の生徒ではない。
中に入るのにだって許可がいるしやってくるのだって一苦労なのだ。
そうして告げられた婚約破棄。
オーレリアはアルフレットのやりたいことが即座に理解できてしまって退屈に彼の言葉を聞いた。
「我がコルトハード伯爵家は、長年の王族への奉仕を認められついに侯爵家の地位を手に入れることになった。そこでどうあっても子爵家のお前では跡取りである私の妻には不足だ!」
「……」
「お前との婚約は破棄することになるだろう。そうして、私はやっと今までの呪縛から解放される」
アルフレットはかみしめるようにそう言って、ベリンダに視線を向ける。
「その通り、侯爵夫人には伯爵令嬢であるあたしがふさわしい。嬉しいわ。あたし、ずっとあなたを支えてきたのだもの。ろくに婚約者の顔も見に来ない冷たい人と違ってね」
「ああ、そうだ。私もベリンダのような尽くし上手のかわいい女をずっと望んでいた。オーレリアと違って、華やかな美しさもあるしな」
彼らはそうしてむつみ合う。
しかし、オーレリアの側にも言い分はある。頻繁に会いに来られなかったとしても仕事の合間を縫ってたまに顔を店に来ていた。
加えて言うと、昔からアルフレットが憧れている金髪碧眼を持ったフォースター公爵令嬢のように彼に言われてドレスの趣味を変えたこともあった。
それでも派手な金髪碧眼を持っていないオーレリアはずっと彼の中で、かわいい女ではなかったらしい。
さらに、一般的に考えても婚約破棄もきっとされるだろう。
それをわかっているから彼はこうしてオーレリアを呼びつけて、最後に嫌がらせをしようと企んだ。
最後に当てつけをしてすっきりしたかったのかもしれない。
しかし、そんな彼らにオーレリアは数秒の沈黙の後、平然と言った。
「ああ、その話でしたか。私も存じていますよ。婚約解消たしかに話に上がっています」
「……」
「?」
二人は、オーレリアの言葉が想定外だったようで、目を少し見開いた。
「お二人は、ご実家から離れられているので、知らないと思いますけれど、もう大分、形になってまとまってきている話ですね」
「な、なんだ。そうだろう。私はお前なんかと結婚しない」
「ええ、そうですね。ずっと、続いてきた関係が終わるのは悲しいです」
「ふふっ、でも今更後悔したって遅いのよ?」
少し悲しげな表情を作ってオーレリアがそう口にすると、ベリンダがにんまりとした笑みを浮かべて、優越感をにじませた。
その言葉にオーレリアは特に気にせず言葉を続けた。
「ああでも、そうですか。真実の愛だと断言するほどの方がいたのですね。そうですか……困りましたね」
「困る? なにが言いたいんだ?」
「素直に、悔しいっていえばいいのに」
「その……ああでも、これっていいっていい話、なんでしょうか……」
オーレリアは彼らのことを受け入れた上で、彼らに言うべき懸念事項があるような顔をした。
けれど、困った困ったと頬に手を当てて考えるだけで自分からは話さなかった。
「……まだ、公にするべきことではないですし、でもお二人にはとても関係する話ですし……」
「……」
「……」
「私もてっきり、喜ぶと思って……ごめんなさい。……アルフレット」
言っていいのかわからないまま、自分を追い詰めて、謝罪すら口にする……みたいな顔をしてオーレリアは言った。
するとアルフレットは真顔になって「いや、謝るなら、何のことだか話をしろよ」と厳しく言い放つ。
「でも……」
「お前が話し始めたんだろ」
「はい……」
「なら、言えよ。すっきりしないやつだな」
「ねぇ、なに? どういうこと?」
ベリンダは想像していた楽しい時間がやってこなくて、怪訝な顔をしてアルフレットにどういうことかと問いかける。
そのベリンダを無視してアルフレットは「早く」とオーレリアをせかした。
「……ええと、実は、円満に和解金をもらっての婚約解消になる予定でしたから、私たちアシュバートン子爵家としても誠意を尽くしたくて、あなたが一番喜ぶことを考えたのです」
「……」
「……」
「知っての通り、私は騎士の仕事をしています。まだまだひよっこですがそれでも同期の女性騎士とは仲もよくて、身分差があるけれどフォースター公爵令嬢とは少し懇意にさせていただいていて」
「……」
「……」
「だから直接、アルフレットの熱烈な好意を伝えて、あなたの実家にもきっと魔法学園で頑張っているあなたに対する大きな褒賞になると、前向きに話を伝えていたのですが――」
「え、まて、まてまて! それって本当か!」
「えっ、あの?」
アルフレットは、オーレリアの話をきくやいなや、言葉を遮って立ち上がりテーブルに手をついて瞳を輝かせた。
それにオーレリアは、驚いて困惑した表情をする。
「あの! あのフォースター公爵令嬢!? あの!?」
「そ、その。はい、そうです、でも」
「は? はぁ!? なんでもっとはやく言ってくれないんだよ!」
アルフレットは頬を紅潮させて、早口でまくし立てた。
「言ってくれていればこんな――」
言いながら、チラリとそばに座っていたベリンダへと視線をやって、オーレリアも彼女の顔を見た。
ベリンダの表情は驚きと不信感に満ちあふれていた。
アルフレットはすぐにまずいと気がついた様子で言葉を切ったが、もう遅い、すでに手遅れだ。
「……あんなに、あたしに尽くさせていたのに? あんなに愛を語ったのに?」
「い、いや、違うんだ。ベリンダ、そうじゃなくて」
「あんなに、二人の未来を想像してっ……勉強も手伝ったし、実技の試験の成果もあんたに渡したのにっ!」
「そうじゃなくて、だな」
「ふざけないでよっ!! なんなのっ!! はぁ!? あんたなんなのっ!!」
「……ふふふっ」
オーレリアは、思い通りになったことを小さく声を出して笑った。
しかし彼らはすでに自分たちのことに夢中でオーレリアのことなんて気がついていない。
ベリンダは大きく手を振り上げてアルフレットのことを殴りつける。
「っ、なにすんだ!」
「結婚するって言ったじゃない! あたしを侯爵夫人にしてくれるって!!」
「そ、それは口約束だし……」
「あんたにどれだけ時間と労力を使ったと思ってんのよ! 今更それで、話が片付くと思ってるわけ!」
彼らは押し合いへし合い揉み合い、大変な事態だった。
そしてベリンダがこのまま引き下がるとは思えない。
彼女は、簡単に自分への愛を覆したアルフレットのことを許さないだろうし、争うことになるだろう。
「落ち着けって、私はただ」
「ただもなにも、あの反応がすべてでしょ! っやめとけばよかった! 浮気なんてっ」
獣のように叫ぶベリンダにそれでも、薄ら笑いで期待の消えない表情をしているアルフレット。
もう彼らと話すことなど何もない。
オーレリアはそのまま、静かに二人を置いて寮の応接室を後にしたのだった。
「それで、そのまま置いてきたんですの?」
「はい」
「はぁ……あなたって本当に度胸があるというか、なんと言いますか……」
目の前に座っているフォースター公爵令嬢であるパトリシアはあきれたような驚いたような顔をしてそのまま紅茶を一口飲んだ。
「それで、勝手に名前を出したことへのお詫びなんですのね。わかりましたわ。別にかまいませんけれどね、友人ですもの」
「ありがとうございます」
「それにしても、オーレリア、あなたって策士ですわね。今の話を聞く限り浮気を知っていて、コルトハード伯爵家にわたくしを次の婚約者にどうかと話を出していたのでしょう?」
パトリシアはあらかあの話をきいて、それから褒めるようにそういった。
実のところ、パトリシアにアルフレットの熱い思いを伝えたと言うのは嘘だった。
しかし友人というのは本当で、説得力を持たせて、彼に可能性が高いと思わせるための策だった。
そこを説明して、彼女には勝手に名前を出したお詫びのお茶会を準備したと言うわけだった。
「うまくやりましたわね。結局、婚約破棄されていない状態で、ベリンダという令嬢が騒げばただの婚約中の不貞行為。あなたの元婚約者は跡取りの地位も怪しいですわ。そこまで読んで、円満に婚約解消しようとしていたとは、恐れ入りますわ」
パトリシアはケーキを食べながら、柔らかく微笑んで、オーレリアをたたえる。
彼女に認められるとオーレリアも嬉しかったが実はそうではない。
「……いいえ、私は知りませんでした。浮気があることなんて」
「? ……じゃあなぜ、コルトハード伯爵家にその話をしたんですの」
「していません。ただ、事実としてあるのはコルトハード伯爵家の爵位が上がるという話で、まだなにも家同士での話し合いも起こっていませんし、婚約が解消されるかも知りませんでした」
「……」
「ただ、腹に据えかねたので。少しだましただけですよ。結局、不貞が露呈しただけです」
「……わたくしあなたがちょっと怖いわ。オーレリア」
「そうですか? 私はただ、休日を無駄にされた報いを受けさせただけのつもりです」
「まぁ、浮気していたあなたの元婚約者が悪いのは事実ですけれど」
「ええ、罰がくだっただけですよ」
そうしてオーレリアは、パトリシアとのお茶会を楽しんだ。
元婚約者のことも浮気相手のこともすでに、大分どうでもよかったので、それ以降話題にあげすらしないのだった。
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