第七話 新居
「おはよう二人とも」
「おはよう」
朝食ビュッフェに現れた両親は肌艶も良く、まさに新婚という幸せオーラを発していた。
「お、おはよう……」
「う、眩しい……」
その空気に当てられて流星と夜空は一歩後ずさる。
「おや? もしかして二人ともあまり眠れなかったのか?」
「あらあら、若いっていいわね!」
「そ、そんなことないわよ」
「あ、ああ、よく眠れた」
実際は一晩中ドキドキイチャイチャしていてろくに寝ていない二人であった……。
「わあ……ここが新しい家なのね!」
「……マジか、すごい豪邸」
新居は星見ヶ丘の一等地である閑静な住宅街にあった。広い庭付きで周囲の家から距離があるのは、流星が少しでも心穏やかに生活出来るように配慮したものらしい。
「でもさ、これだけ広いと掃除とか手入れ大変だよな……」
流星が現実的な問題に悩んでいると――――
「え? そんなのメイドさんに頼めば良いじゃない」
「め、メイド――――だと!? 本当に実在したのか」
流星の脳内で猫耳を付けたメイドさんがお帰りなさいませご主人さま~、と猫なで声を出す。
「……どんなメイドを想像しているのか知らないけど、家には昔からずっと居たから普通よ?」
「はは、まあ家政婦さんって言った方が流星にはわかりやすいかもな」
困惑している流星に父銀河が助け舟を出す。
「この家でも引き続き白鳥さんにお願いしているから、夜空もその方が安心でしょ?」
「わあ!! 白鳥さん来てくれるんだ! なら安心だね」
夜空の『信頼』と『安心』の感情が伝わってくる。きっと素敵な人に違いないと流星は想う。
『白鳥さんも一緒に住むんですか?」
「白鳥さんは家庭の事情があるから週に一度か二度通ってもらう形になると思うわ、だから――――安心してね流星くん」
「なっ!? 別にそんな心配してません!!」
「あら~、そんなって、どんな心配してたのかしら? ねえ夜空」
「し、知りません!!」
顔を赤くする二人を見てクスクス笑うスバル。
「スバル、揶揄うのはそのくらいにして、業者さんが来る前に部屋割りとか決めておいた方が良いんじゃないか?」
「そうだったわね、でも――――夜空と流星は同じ部屋で良いのよね?」
「お、お母さまっ!?」
「スバルさんっ!?」
「あはははは、冗談よ、本当に可愛いわね」
終始マイペースなスバルに振り回されっぱなしの流星と夜空であった。
その後、無事荷物も運びこんで引越しが一段落した翌日――――
「はあっ!? しばらく留守にするって……どういうことですかお母さま」
「新婚旅行と海外ロケとか色々まとめて半年くらい日本には帰ってこれないと思うわ、留守中よろしくね」
「新婚旅行って……それじゃあ――――まさか父さんも?」
「ああ、これからは俺がスバルを支えることになる。仕事のマネージメントも兼務するから留守がちになると思うけど二人なら上手くやってくれると信じてるよ」
突然のことに顔を見合わせる流星と夜空。
「細かいことは白鳥さんに聞いてちょうだい。あと、夜空の転校手続きも済ませてあるから――――新学期からよろしくね流星くん」
「よろしくって――――夜空、うちの学校に転校してくるんですか?」
「ええ、夜空がどうしてもっていうものだから」
流星がチラリと夜空を見ると恥ずかしそうに顔を逸らす。
「だって……一緒に高校生活したかったから。迷惑――――だった?」
「いや、迷惑とかじゃなくて――――ただ――――」
流星の表情が曇る。
「はいはい、その話は後でゆっくりしなさい。それより流星くん、ちょっと二人でお話――――良いかしら?」
「あの……話って?」
スバルの部屋へやってきた流星は緊張していた。母親と言われてもそう簡単に受け入れられるものではないし、二人きりで話すのは初めてだ。
「ねえ、流星くんには今私がどんな風に感じられているのかしら?」
「……強い『興味』と『好意』……ですね」
最初に会った時から不思議だった。なぜここまで『好意』を持ってくれているのかと、親友や幼馴染が向けてくる『好意』とはまた違う――――もっと強くて深い――――その感情を流星は知っている。母や父が自分に対して向ける感情、それが一番近い。
「そう……やっぱり星良の子なのね」
「スバル……さん?」
突然抱きしめられて驚く流星。
「私と星良はね、恋のライバルだったのよ」
「え……? まさか父さんですか?」
「ふふ、そう……二人とも銀河を愛していたの。でもね、星良は恋のライバルである前に、私の大切な親友だった、だから――――私は別の男性と、夜空の父親と結婚したのよ」
夜空に聞いた話が流星の中で繋がる。
「なんでそんなこと……」
「……流星くんならわかるでしょ?」
「……母さんが身を引こうとしたんですよね?」
「ええ、その通りよ、あの子はね……優しすぎるの。だから――――そうするしかなかった。夜空の父親はそのことを全部知った上で、それでも良いからと言ってくれた。愛情はなかったかもしれないけれど、心から尊敬出来る人だったわ。でも――――そのことで夜空には辛い思いをさせてしまったかもしれない。私にはあの子の母親になる資格なんて無いのよ」
なぜ上手く行かないのだろう。誰も悪くないのに――――誰かを想う気持ちが誰かを苦しめる。
「スバルさんは立派な母親ですよ、夜空だってきっとわかってくれます」
「……そうかしら」
「ええ、少なくとも俺にとってスバルさんは恩人ですから。俺が生まれたこと、夜空を産んでくれたこと――――本当にありがとうございました。そして――――何より、母さんを想ってくれてありがとうございます、俺は――――それが本当に嬉しいんです」
今ならわかる。あの時母さんが言っていた言葉の意味が。
「流星くん……ありがとう」
静かに涙を流す今のスバルは大女優ではなく一人の女性、そして――――母親だった。流星は今ようやく本当の家族になれたのだと、その感情に触れて涙が零れ落ちる。
「星良が亡くなる少し前にね、手紙が届いたの」
「……手紙?」
「自分が死んだら――――銀河と流星をお願いって書いてあったわ。私って本当に馬鹿……あの子に幸せになって欲しいから――――あえて距離を取っていたのに……苦しませたくなかったから会わないようにしていたのに――――あんなに早く死んでしまうって知っていたなら……そんなの関係なくもっと会えたのに……もっといろんな話をして……もっといろんなところへ行って……謝りたいことも、感謝したいことだってたくさんあったのに……あの子に大好きだよって伝えたかったのに……私は――――結局、何も出来なかったのよ」
「スバルさん……大丈夫、母さんはきっと――――全部わかっていたと思います。だから――――手紙を書いたんだと思いますよ」
人の感情を読み取る力のせいで苦しんできたと思ってきた。でも――――わからないからこそ苦しいこともある。張り裂けるような『後悔』とあふれるような『愛情』を感じながら、流星は子どものように泣きじゃくるスバルを抱きしめることしか出来なかった。