第六話 夜を超えて
「な、なんだこれは……!?」
「……あ、あはは……」
部屋に入った二人は固まっていた。
部屋には――――ベッドが一つしかなかったのだ。
「俺は適当にその辺で寝るからベッドは夜空が使って」
「え? そ、そんなの駄目だよ!! ベッドは流星が使って!!」
「女の子にそんなことさせられないって」
「むう……だったら……一緒に寝れば良いのでは?」
「いや、そんなの夜空も嫌――――」
言いかけた流星だったが、夜空の感情はそれを否定していた。
「ま、まあ……昨日も一緒に寝たわけだし……俺は構わないけど」
「だ、だよね、これからは毎日同じ家で暮らす家族になるわけだし……」
同じ家で暮らすのと同じベッドで寝るのでは全く違うのだが、二人の間ではすでにそれは問題にならないほどの信頼関係が出来上がっていた。
「あ、あのさ……俺、夜空に話しておかないといけないことがあるんだ」
「どうしたの? 急に」
雰囲気が変わった流星に夜空は心配そうに見つめる。
流星は自身の力のことを夜空に話すつもりだった。
親友や幼馴染にすら話していない流星の力、言わないという選択肢もある、正直、不気味に思われるだろうし怖がらせてしまう可能性も高い。もう二度とこれまでのような関係に戻れないかもしれない。
でも――――家族になるのなら、秘密にしておくことは出来ない。
スバルに会って流星は確信していた。あの人は母の力を知っている。間違いなく俺の力のことも、と。
だったら――――最初に話すのは自分でなければならない。第三者の口から知ったら――――夜空がどんな風に思うだろうと考えた時、流星の覚悟は決まっていた。
「実は俺――――生まれつき他人の感情が流れこんでくるんだ。心が読める、とかじゃなくて、漠然とした感情の色がわかるというか……」
「それって……嬉しいとか怖いとかそういうこと?」
「ああ、こんなの怖いよな、不気味だろうし気持ち悪いって思うのも無理もないと思う、でも家族になるなら――――いや、夜空にだけは知っていて欲しかった」
「怖くなんかない、ましてや不気味でも気持ち悪くもない。流星なら、わかるでしょ?」
「夜空……」
流星を見つめる夜空は今にも泣きそうで――――でもそれは怖いからではなく――――ただ純粋に流星にたいする『共感』と『労り』そして『喜び』の感情によるものだった。
「話してくれてありがとう……私、本当に嬉しいのよ?」
「うん……わかるよ夜空……ありがとう」
夜空の包み込むような優しさに戸惑う流星。夜空は後ろから腕を回してそっと抱きしめる。
「昔、母から聞いたことがあるの……不思議な力の話、その力のおかげで何度も助けられたんだって言ってた……」
「……スバルさんが?」
「ええ、その人は誰よりも優しくて――――誰よりも傷付いてきた人だって。世界で一番の親友だって自慢してた。あの母がそんなこと言うの初めてだったから――――覚えてたのよ。アナタの――――流星のお母さまだったのね」
「ああ……俺の力は母さんから受け継いだものだから……」
夜空の頬を涙が伝う。
「私ね……ずっと考えていたの。もし、本当にそんな力が存在するとしたら――――どんなに辛いだろうって――――どれほど苦しくて傷付いてきたんだろうって……きっと私なんかが想像出来ないほど――――」
夜空の想いがあふれて流星に流れ込んでくる。それは――――傷だらけの心を静かに満たしてゆっくりと染み込んでゆく。
「ごめんね知らなくて、でも嬉しいの、それでも流星が生きていてくれて――――私と出会ってくれて――――だから――――これからは私が一緒に苦しんであげるから! 傷付いてあげるから! だから――――もう大丈夫だから」
こんな力要らないと思っていた。
でも――――夜空の想いに触れた時――――流星は生まれて初めて思った。
夜空の心に触れられて良かった――――生きてきて良かったと。
十五年間傷つけられて泣いてきた彼が――――初めて嬉しくて泣いた瞬間だった。
「ごめん……馬鹿みたいに泣いちゃったな」
「ううん……私も同じだし」
泣き続けて――――ようやく落ち着いた二人だったが、今度は気恥ずかしさで泣きそうになっていた。
「と、とりあえず先風呂入って来れば?」
「う、うん……」
なぜか顔を赤くする夜空。
「……夜空? 何を『期待』しているんだ!?」
「へっ!? あ、えっと……その、一緒に入ったりしないのかな……って?」
「ばっ!? な、なな何を言っているんだ、俺たち出会ってまだ二日だぞ?」
「そんなの関係ないと思うけど。それに兄妹なんだから自然だと思うよ?」
「そ、そうなのか? 俺は一人っ子だったからよくわからないけど」
「りゅ、流星は……私と一緒に入るの……嫌?」
嫌なわけがない、だがそれとこれとでは話が別である。流星とて健全な男子高校生なのだから。自制心には自信はあるが、万一抑えきれなくなってしまったら――――夜空を傷付けるようなことは絶対にしたくなかった。だから――――ここはきっぱり、断固として断らなければ――――
「流星が秘密を話してくれたんだから、私も全てを見て欲しいの――――お願い」
だが――――大切な夜空の頼みを断ることなど出来ない。『恥ずかしい』という強い感情を抑えてまで勇気を出してくれている彼女に対して拒絶してしまえば、それこそ傷つけることになってしまう。
「よし、一緒に入るか」
「ええ、入りましょう」
一緒に風呂に入る兄妹もいるだろうが、ここまで気合の入った兄妹もそういないだろう。
「……ねえ流星、なんで何もしないの?」
不満そうにベッドで頬を膨らませる夜空。
「俺たちはまだ子どもだからな」
「もう身体は大人ですけど?」
「法的な意味でな」
「むう……私は早く心も身体も流星と繋がりたいのに……」
どうせ感情を読まれるからとすっかり遠慮の無くなった夜空に流星の方が赤面する。
「俺だってそうだよ、でも――――夜空にたいして無責任なことはしたくないんだ」
「責任? それならお嫁さんに貰ってくれれば良いと思うけど?」
「口では何とでも言えるからな、母さんもスバルさんも十八歳で俺たちを産んだんだろ? だったらそれまで俺は夜空に手は出さない」
きっぱりと言い切る流星に夜空はため息をつく。
「はあ……わかったわ、でも――――それ以外は問題ないわよね?」
「それは――――まあ……おわあっ!?」
夜空が流星の胸に飛び込んでくる。
「流星の考えは尊重するけど――――私はいつでも準備OKだってこと忘れないでね?」
これは――――ヤバいかもしれない。
流星は早くも決意が揺らぎ始めているのを感じるのであった。




