尖っている
「俺の剣技が1番なんだよ。だから後方支援でもしろよ。」
雪が消えて、このビルゴラの街にも春の兆しが見え始めた。今年の雪は例年の比ではなかった。もはやモンスターは全て冬眠したのではと噂が流れるほど静かだった。
そして俺にも新しい仕事がきた。
「新人冒険者の育成係」
今年で32歳。冒険者になって16年が過ぎた。同期と比べて見ても中堅くらいの評価だろう。
目立った功績はないが、目立った失敗もない。
冒険者ギルドから見たら「年相応の普通の冒険者」になるのだろう。
年齢的に今後の自分の立ち位置を考えたら、教育係も悪くないと思っている。
そんなわけで、本日から新人の教育係をしている。俺が受け持つ新人は8名。男4人に女が同じく4人だ。簡単な自己紹介を済ませて、こいつらの実力を測りたく模擬戦を提案したのだが、さっそく喧嘩が始まってしまった。
「まったく…若い奴らは尖りたがるものだ。」
俺は倒れた男に木剣の剣先を向け騒いでいる奴を制止した。
剣先に自分が持つ木剣を重ね重さを与えた。
(これで力量をわかってくれれば良いのだが…)
「なんだよ。クレイ先生は負けた奴の味方なのか?冒険者は力が全てなんだろ!」
ダグラスだったかな。確かにその通りだ。冒険者に1番必要なのは力だ。強くなければ話しにならない。口が上手くて世渡り上手だとしても力が無ければ誰も振り向かない。結果が全てだ。
そもそも話すモンスター等いないからな。口が上手くても意味がない。
でも、力には限界がある。それは冒険者なら誰しもが気がつく事だ。だから俺は教育係として、力以外をこいつらに教えてやりたい。
「ダグラス。確かにお前には強さがあるかもしれないが、それはモンスター何体まで通用する強さだ。」
「なんだよ。オークなら親父と一緒に数体討伐した事があるんだ!」
オーク?
家畜の顔をした人型のモンスターだ。新人冒険者には手強い相手だが、なるほど冒険者登録前に討伐経験があるのか。
確かに尖ってしまう経験だな。
「お前は、冒険者になっても親父さんを同行させるのか?」
「バカ言うな。単独で倒してやるさ。」
「群れだったらどうする?」
「………なんだよ。勝って説教かよ!」
ダグラスは木剣を地面に投げ捨て、口調が弱くなってしまった。
これはダグラスを責めたわけではない。
不利な状況には何が必要か?個人の力量も当然必要だが、それよりも信頼できる仲間達が必要なんだ。
だから、自分の力は仲間の為に、そして仲間から力をもらえば良い。互いに協力し合う。それが一番必要だ。
「マルコだったよな。ごめんな強く当たってしまって。」
「大丈夫だよ。ダグラス君。僕も強くなるから宜しくね。」
そう。これを知って欲しかったんだ。
起き上がったマルコの前で自分の髪を触りながら、謝罪をしているダグラス。
まだ照れがあるようだが、この短期間で丸みが見えるだけでも十分な成果だと思っている。
「さあ。模擬戦の続きだ。互いに礼を尽くせ!」
『はい!』
悪くない。ダグラスが犠牲になった感じはあるが初日で仲間の纏まり感が見えてきた。このまま行けばリーダー気質がある者が
現れるだろう。連携も上手く行く可能性もある。
「先生…先生と戦いたい!」
後方から話しかけられた俺を上目遣いで見ているのは…ユイだったかな。
ハート商会の娘だから、扱いに気をつけてくれとギルドマスターに言われたが、良く親も冒険者になる事を許したものだ。
16歳で、随分と大人挽いた身体つきをしている。
年頃の奴等には刺激が強いだろうな。
ニヤけてしまう自分もどうかと思うが、別にユイを嫌らしい感情で見てニヤけているわけではない。
若年の尖ってしまう時期の奴等の悶々とする気持ちを考えると笑えてしまうだけの話しだ。
俺は年相応の恋愛経験を持ち合わせているから身体つきを見ても無心だ。
休憩を入れながらの入れ替わりを繰り返し日暮まで模擬戦を続けた。ユイには悪いけど教育係として、そして一冒険者としてわざと負けてやる事はしなかった。
自分の実力を知ってもらいたいからだ。
「よし、今日はここまでだ。皆お疲れ様。明日も励むぞ。」
『はい!』
初日の教育は無難に終わる事ができた。なんだかんだで俺も初教育係で若干の緊張はあったが、無事終わると気分が良いものだから帰りは飲みに行くと決めたんだが、ダグラス達が何故か解散後も俺を見ていた。
(…たく。変な所はよそよそしい奴等だな。)
「飯いくやついるか?悪いが行く場所は酒がある大人の溜まり場だがな。」
「……………………………全員かよ!」
まったく、最近の奴等は…俺の契約報酬みたら、良くそんな金額で飯を誘ったなと驚くだろう。
でも全員来ると知ると、なぜだろう…悪い気はしなかった。
「いらっしゃいませ。」
薄暗い店内の奥から俺達に近づいてくる女性店員。9名だと伝えると奥の少し広めの部屋に案内された。
「あら。クレイさん。お久しぶりですね。」
「ああ…久しぶりだな。カレンさん。」
(ふふふ。予定通りの反応だ。)
カレンさんは、この店で長年働いている人だ。そして俺も酒を飲みたい時は、この店を利用するから互いに知る間柄となった。
こいつら、胸元が開いた服装の店員を見て目が泳いでいたがカレンさんで完全に釘付けになってしまったな。
だがカレンさんの胸元で釘付けになるのは尖り始めの素人レベルだ。カレンさんの魅力は胸じゃなくて口元のホクロなんだよ。これがわからない間は独りよがりの尖り時期のままなんだぜ。
「あ。カレンだ。お疲れ様ね。」
大人の余裕があるカレンが話しかけられた相手を見て背筋を伸ばして目が泳いでいた。
こんなに焦っている彼女を見るのは初めてだったが、その原因はユイだった。
お店のオーナー…それがユイの父親。即ちお店の経営はハート商会がしている事になる。
さすが街の商業の七割を賄う商会だ。夜の店まで手を出しているとは予定外だった。
そのおかげで俺達の待遇が一気に上がり出した。
(…このテーブルの料理だけで俺の契約報酬の倍だ。さらに高そうな酒まで次々と…こら酒の味も知らない新人どもが簡単に飲むんじゃねぇ。冒険者登録したら16歳からでも酒が飲めるだと?
そんな事を言っているんじゃない。依頼の依の字も知らない新人どもが高い酒の良さを知ったら、この先、大変だと言っているんだ。バカどもが…こうなったら俺が教育係として、酒を引き受けるしかない!)
…………どこだここ?
飲み過ぎたのは目覚めと同時に感じた激しい頭痛で判断できたが知らない部屋と知らないベッドのせいで更に頭が痛くなった。
記憶が断片的しか思い出せない…
「おはよう先生。」
「ああ…おはよう〜うん?」
隣りだ。隣りのベッドではなく隣りに誰かいる。
いや誰かは声でわかった。
だが記憶がないから、俺は教育係ではなく32歳の中堅…中年としてシーツに手をかけた。
「え。朝からまたですか?初めてだったのに…優しくしてくださいね。」
ユイ…嘘だと言ってくれ。
シーツの中で何も纏わない大人挽いた身体つきを確認した俺は寝汗ならぬ起き汗をかいた。
「先生…まだ尖っているね!」
俺はユイの言葉を掻き消すかのように彼女の身体に覆い被さって何から逃げようともがき苦しんでしまった。