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古城の暗影  作者: 牧亜弓
三階
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文学教授による【魚の目】の悪夢の解説

文学教授は眼鏡を少し上げ、静かに話し始める。

「では、我々はこの“悪夢”を単なる個人的なトラウマと捉えるのではなく、構造化された記述不全の寓意として読み解いてみましょう。」



■ 講義題目:「未修得単位としての存在不安──【魚の目】の悪夢を読む」



1. 「単位が取れない」=評価の欠如、記述の未完了


【魚の目】が見る悪夢は、しばしば「大学で単位が足りず、卒業できない」ものであるという。

これは、単に学業上の不安ではない。教授はこう語る:


「単位(credit)とは、文字通り“信用”であり、“認定された記述”の象徴です。」


つまり、彼が単位を得られないという夢を見ることは、

•自分の存在が正当に評価されていないことへの不安、

•自らの記述が文法的にも意味的にも未完成であるという無意識の告白なのです。



2. 【記述者】としての【魚の目】の葛藤


【魚の目】は、自他を観察し、言葉に写す記述者(あるいは“記述体”)です。

にもかかわらず、夢の中では教室の席に座り、黒板を見上げ、教授の声が何を言っているのかまるで理解できない。

それどころか、出席すべき講義の日程すら把握しておらず、

期末試験の日に教室にたどり着けなかった、という状況が繰り返されます。


これを教授はこう分析する:


「彼は“記述の世界”に生きながら、自らの記述の正当性を信じ切れていない。

それはまさに、記述する者が同時に“記述される者”であることの恐怖に他なりません。」



3. 教室=構文空間、履修登録=意味の構造化


夢の中に現れる「教室」や「履修登録の忘却」も重要な象徴です。

•教室:秩序ある構文空間。すなわち、意味の構造化が試みられる場所。

•履修登録:その構文への自発的参加の証明。


だが【魚の目】はその参加に失敗している。

彼は、構文の空間にアクセスしようとするが、その鍵を失っている。


教授は言う:


「彼は“文の構文論的責務”を果たせない夢を見ることで、

記述の外側に放り出される恐怖と向き合っているのです。」



4. 夢の反復性=意味不全のループ


この悪夢が「延々と続く」という記述にも注目しましょう。

夢は必ず似た形式で始まり、必ず似た焦燥感で終わる。

これは、意味に到達しようとするが、それが常に少しずつ逸れてしまう構文の反復です。


教授の言葉:


「記述者は常に、“語ろうとすること”と“語り得たこと”の差異に引き裂かれます。

夢とはその断絶が形をとったものです。特に【魚の目】のような観察者にとって、

この断絶は悪夢と化すのです。」



5. 結語:「単位未取得という“語りえぬ欠損”」


最後に教授は、黒板にこう記す:


【単位】とは、記述された過去へのスタンプである。

それが押されないとは、過去がまだ現在に居座り続けているということだ。


【魚の目】は、まだ語り切れていない何かを抱えている。

その未記述のものが、単位未取得というかたちで、夢の中に回帰する。

それは言葉にされることを待つ、記憶の亡霊に他ならない。



教授は講義を終えながら、ぽつりと呟く。


「……そして我々もまた、日々“未修得の自己”と共に眠っているのかもしれませんね。」

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