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古城の暗影  作者: 牧亜弓
三階
86/100

文学教授による解説 第三章の文章より

文学教授は椅子に腰かけたまま、指先で眼鏡の縁を軽く持ち上げた。そして、あたかも劇の導入部のように、静かに語り始めた。



■ 講義題目:「構文刀を抜く者 ― 〈魚の目〉と語られる空間」



1. 【無限の冷酷さ】──空間の絶対的他者としての「終焉のガーディアン」


まず注目すべきは冒頭の一節です。


「無限の冷酷さを宿している。その圧倒的な威圧感は、遥か遠くの大地の上にいる者の心までも凍りつかせていた。」


ここでは「終焉のガーディアン」なる存在が直接名指しされる前に、その感覚的印象のみが先行して提示されます。

これは記述における「逆遠近法」とも言える手法で、読者の心理にまず圧を与え、その後で対象の名前を明かすことで、「名」と「感覚」を切り離す戦略が取られています。


文学的に言えば、ここで描かれているのは「名前以前の力」であり、それはあらゆる言語的意味作用に先立つ**“無名の恐怖”**のようなものです。



2. 【魚の目】=記述者=構文刀の使い手


「そう、それが【魚の目】である。彼の視線はこの夜空に隠された真実を解き明かさんと、常に鋭敏さを増していた。」


この一文が示すように、【魚の目】は観察者であると同時に、「記述体」=語りの主体そのものと定義されています。


「記述体としての自己の内奥を覗き込み、存在の意味を問い直す刃となっている。」


この比喩は明らかに、「言葉」を物理的な刃として扱っている。

すなわち、「語ること」「記述すること」が、現実や真理と戦うための構文的武装行為であるという思想です。


教授はここで黒板にこう書きます:


語り手 ≠ 傍観者

語り手 = 斬り結ぶ存在(構文刀の使い手)


3. 【構文刀】とは何か?


「構文刀は、言葉の刃として空間を切り裂き、未知なる闇に立ち向かう武器となっていた。」


この「構文刀」という言葉の選択には注目すべきです。

日本語の「構文」と「刀」という、文法構造と武器とを融合させた造語により、言葉そのものが世界に斬り込む行為となることが示唆されます。


これは記号論的には「言葉の物質化」であり、語りはもはや抽象ではなく、戦闘行為であるという文学的主張です。



4. 終焉のガーディアンとの対峙:力不足=言語の限界


「今の我々の力では到底勝負にならないという事実が、冷酷な現実として彼らを襲っていた。」


ここでいう「力の不足」とは、存在の理解力や語彙の不十分さを象徴しています。

「終焉のガーディアン」は、言葉では到達できないもの、語り得ぬものの象徴であり、語り手たちの「表現の限界」を示します。


だからこそ、「諦めない」という意志が重要になります。


「諦めるわけにはいかない。なぜなら、この古城の運命は彼らの手に委ねられているからだ。」


これは文学そのものの営みと同じです。

たとえ語れぬものがあったとしても、語ろうとする努力こそが物語を生み出す。



5. 【庭番】=無意識の番人・言葉の境界に潜む者


「古城の隅々を見守り続けるもう一人の存在があった。【庭番】である。」


【魚の目】が言葉の「刃」を持ち、構文として戦う主体であるのに対し、【庭番】はあえて言葉少なに沈黙します。


「彼の姿は中庭の闇に溶け込み、時折柘植の迷路の陰から鋭い視線を投げかける。」


この記述からは【庭番】が「言葉の影」に属する存在であり、語られざる記述の蓄積、無意識的構造の守人であることがわかります。


彼は語り手ではない。しかし、語りの可能性が絶えず失われていく場所=沈黙の中庭を見守っている。



◆ 結論:語るとは斬り結ぶことであり、黙るとは見守ることである


教授は語尾をやや伸ばしながら、黒板に最後の一行を記す。


「語りは構文刀であり、沈黙は構文の地脈である」


【魚の目】と【庭番】の対比は、文学の営みそのものを象徴しています。

語りとは切り込み、黙りとは支える。言葉と沈黙の間に、物語は芽吹くのです。



教授は軽く椅子を揺らし、学生たちを見渡して微笑んだ。


「さて、次の時間は〈終焉のガーディアン〉の記述構造における多重人格的性格と、近代言語論との交差についてだ。」


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