文学教授の解説
【魚の目】は、夢を見ながら、三階を歩いていた。
三階というのは、正確にはどこの三階なのか定かではないが、靴音が微かに反響する石造りの回廊、まばらに開いた扉、そして半開きの窓から入り込む春霞のような風。それらの感触が彼の足元に、わずかな現実味を与えていた。
夢の中で、彼は法政大学のキャンパスにいた。市ヶ谷ではない。多摩でもない。けれど、どこかにあるはずのその「法政」の教養棟で、文学の講義が行われていた。教室は横に長く、壁一面の黒板がうっすらとチョークの粉に覆われ、天井からは短い蛍光灯が幾つも垂れていた。
「本日は、牧亜弓の『古城の暗影』を扱います」
そう言って、教授は立ち上がった。
教授は痩せていたが、声には芯があった。黒いカーディガンの袖をたくし上げ、手にしたホワイトボードマーカーで空中に何かを描くようにして話し始めた。
「この作品は一見、幻想的な語りによって森や古城の描写に終始しているようでいて、しかし本質的には“記憶”という主題を通じた時間論的実存の問題を扱っています。バルコニーから見える森は、実際には“心象風景”であり、“過去を知覚する装置”なのです」
【魚の目】はノートを取っていた。自分でも不思議に思うくらい熱心に。
夢の中のノートは、質感も温度も現実と変わらない。彼は“時間論的実存”という言葉に下線を引いたが、ペン先は紙を貫いて、机の木目に小さく刺さった。教授は気にせず話を続ける。
「第二章の『森小屋』において、語り手は外界の時間から逸脱し、自身の存在を“仮留め”されたものとして感じます。つまり、ここで語られるのは、“今ここにあることの不確かさ”です」
誰かが手を挙げた。背の低い女子学生だった。「教授、それってつまり、時間が逆行しているってことですか?」
教授は微笑んだ。
「面白い視点ですね。逆行している、というよりも、時間が“層”として存在していると言ったほうが近いでしょう。『古城の暗影』では、未来も過去も、“記憶されうるもの”としてしか立ち現れません。したがって、語り手は常に“時間の観測者”であり続ける」
【魚の目】は、うなずいた。が、すぐに不安になった。
自分がいま聞いているこの講義は、本当に大学の教養課程なのか? そもそも彼は、大学に通っていたことがあっただろうか? ノートを開けば、自分の名前がどこにも書かれていない。手元には教科書も履修表もない。ただ、講義内容だけがやけに鮮明だった。
教授は言った。
「重要なのは、“なぜ古城なのか”という点です。森でも街でもなく、“古城”。それはつまり、“かつて閉じられていた記憶”が、何かの拍子に解錠される場所としての象徴なのです。記憶とは、時間とは、そもそも主観によってしか計測できない。そして“その計測器が曖昧になったとき、存在はどうなるのか”――それがこの作品の問いなのです」
教室の空気がわずかに揺れた。風が入ったのか、誰かが窓を開けたのか。それとも時間がひとつ、スライドしただけなのか。【魚の目】は突然、自分が立っていたのが教室の三階ではなく、古城の三階だったことに気づく。
遠くから、ピアノの音がした。それはたしかに音楽ではなかった。記憶の鉛が鍵盤に触れたときのような、断片的な鳴り方だった。
【魚の目】は歩いた。廊下を抜け、階段を降りる。けれど、夢の中では階段はまっすぐには続かない。螺旋のようにねじれ、あるいは水平に戻り、やがてまた三階に戻ってくる。
講義はもう終わっていた。
教授は消えていた。
ただ、黒板にひとつだけ残っていた言葉。
「存在とは、時間の一時停止である」
それが、夢の中の魚の目にとって、唯一の手がかりだった。