人生を語る
塔の東棟、崩れかけた回廊の先に、それは棲んでいた。
昼も夜もない時のくぼみに、静かにうずくまる獣。顔は老人、身体は獅子、背には褪せた蝙蝠の羽――名を泣き虫マンティコアという。もっともそれは蔑称であって、彼自身はその名で呼ばれるたび、しくしくと嗚咽するのだった。
「わたしは……泣いてなどいないのだよ」
曼荼羅のように歪んだ語り口で、彼はそう否定するが、語る声のひとつひとつに、濡れたものがまぎれている。
古城の住人たちはとうに黙し、風の声すら届かないこの石窟に、彼はただ一人、あるいは一頭で、己の「人生」を語っていた。
「生きるというのはね、実は……とても、間が持たないものなんだよ」
話の糸口は、たいてい唐突である。誰に向けて語っているわけでもない。だが彼の尾の先についた毒針は、いまやすっかり鈍って、宙をさまよう言葉の錘になっていた。
「かつて、わたしには夢があったのだ。いや、夢というより、役割だと言った方が近いかな。恐怖の具現、夜の護衛、そして……神話的存在としての存在感、そういったものだ。だが――」
彼は小さく咳き込み、ひとしきり泣いた。泣いていないと言いながら、涙腺の奥には記憶が詰まっていたのだ。
瓦礫のあいだから、錆びた鎧の破片が覗いている。それは、かつて彼に挑んだ騎士の名残か、それともただの演出か。彼は目を細めて、それを見つめていた。
「人生というものは、実に妙なものだ。あのとき、喰らっていれば、わたしは”完全な怪物”として完結した。だが、わたしは喰わなかった。なぜなら……彼の目が、わたしを人間にしてしまったのだ」
冷たい空気が、彼の鬣をかすかに揺らす。語る声だけが、石に染みて残る。
聴く者のいない演説、相槌のない独白――それこそが、泣き虫マンティコアの「人生」そのものだった。