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古城の暗影  作者: 牧亜弓
二階
62/100

弁明

かつて恐怖と尊厳をその翼にたたえていたはずのその獣は今や畳に突っ伏してすすり泣いていた蝙蝠のような翼がびくびくと震え人間の顔はくしゃくしゃに歪んでいたそれが【泣き虫マンティコア】だったこの古城の二階には封印された存在たちが残されていたが彼ほど涙にまみれた魔物も珍しかったそこへふらりと現れたのが【魚の目】だった彼は言葉より先に詩を放つ声は低く澱んでいた流れるものよ涙の下にあるものよやがて蒸発し忘却に消えるものよ君はそれでも涙を信じるのかそれとも恐怖の名を棄てるのか【泣き虫マンティコア】は目をぱちくりさせた泣いているのがばつが悪いのかそれとも詩の意味が分からなかったのかはわからないだが彼は思わず口を開いたこわがられたいんだよぼくはずっとずっと昔からこわがられてきたのに最近はみんなぼくを見て笑うんだゆるキャラだっていうんだ【魚の目】は古城の薄明かりを受けてじっとマンティコアを見つめた彼の顔はまるで人形のように感情が貼り付けられていなかったが言葉の奥にはふしぎな優しさがあった名を忘れられた者たちは記号に還るそれは消滅ではない象徴の裏返しだマンティコアという名前がお前の全てではないただ怖がらせるために存在するのではないお前が流す涙は呪いではなく祈りに変わるかもしれない【泣き虫マンティコア】はぶるぶる震えたそれは恐怖ではなかった迷いでもなかった彼の中の何かが変わろうとしていたこわがらせなくてもいいのかなぼくがぼくでいればそれで【魚の目】は無言で一歩だけ前に出てそしてまた詩を吐いた羽根を畳んで眠れ破れた帳の中で誰にも見せぬ牙を夢に沈めて君が次に怖がられるのは優しさの正体かもしれないその言葉を聞いたとき【泣き虫マンティコア】はようやく顔を上げたその顔にはもう涙の跡はなかったいや正確にはまだ泣いていたがそれはもはや悲しみの涙ではなかったそのとき城の奥からかすかな音が聞こえた何かが起きる前触れのように古い壁がきしむように時間そのものがよじれるように【魚の目】はそれを知っていたようにそっと言ったここから先は記憶の底だ名前も感情もゆっくりと溶けていく階段を降りる準備をしろマンティコアもう一度怪物になる前にお前は何者だったかを思い出す必要がある【泣き虫マンティコア】はゆっくりとうなずいた彼の翼はまだ濡れていたがその背中にわずかな光が浮かんだように見えた


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