階段倫理管理協会連絡会議 前編
【魚の目】は深い溜め息をつきながら、長机に着席した。そこには「階段倫理管理協会連絡会議」という仰々しい横断幕が掲げられ、委員たちが整然と並んでいた。彼らは皆、スーツ姿で段差の美学を語る老紳士、斜面の角度について熱弁する婦人、そしてステップごとの啓発ステッカー設置問題に取り組む若者たちだった。
「本日は、言葉が段差に変わる時のリスク管理と、“終わらない階段”への倫理的介入について協議いたします」
司会の老委員が喉を鳴らした。
「まず、“阿鼻叫喚の地獄エステ”の絵を廊下に架けた件については、階段使用者の精神衛生に配慮を欠いているとの指摘があり……」
その言葉に【魚の目】は静かに笑った。
「段差とは本来、登るためのものか、それとも人を躓かせるための罠なのか……」
彼の呟きに、ひとりの委員が手を挙げた。
「それこそ、あなたのような詩人に問いたいのですが、“階段”とは概念ですか?物理ですか?」
【魚の目】は一瞬、目を閉じてから応えた。
「階段とは、内省の深度を測るための仮構物。高くなるほど自己を見下ろせるが、同時に、転落の恐怖も伴う。倫理とはつまり、その段差の“手すり”なのかもしれません」
会議室に静寂が流れた。
「次の議題、“上り下りの自由意志と転落責任について”」
話は続く。外ではひんやりとした段差が静かに朝の光を受けていた。【魚の目】はふと思った——果たして人は、本当に自分の足で登っているのだろうか。
それとも、見えない誰かの手に引きずられているだけなのだろうか。