踏み間違えた神話
【魚の目】が最後の空白の段差を踏み込んだ瞬間、世界がゆがみ、周囲の景色が異様にねじれた。
そこはもう現実ではなく、語られぬ神話の狭間。誰も足を踏み入れたことのない場所。
「ここは――間違えた場所だ」
彼の声が静かな虚空に響く。
彼が踏み間違えたのは、言葉の階段ではなく、神話の迷宮だったのだ。
迷い込んだこの空間には、既成の物語がまったく通用しない。
神話とは、元々伝えられた真実ではない。誰かの願望、恐怖、妄想が凝縮され、永遠に繰り返されるパターンのことだ。
だがここでは、そのパターンがずれている。
英雄が倒れ、神々が裏切り、救済が絶望に変わる。
「踏み間違えた――いや、これは偶然じゃない」
【魚の目】はぼんやりとした光の中、そっと言葉をつぶやく。
「神話さえも、操作される時代……」
彼の前に、かつての仲間たちの幻影が次々と浮かぶ。
だがそれらは正常な姿ではなく、歪んだ影絵のように崩れている。
「彼らはもう、いない」
そして背後から囁く声。
「ここは新たな始まりの場所だ。踏み間違えた者だけが、新たな神話を紡ぐ権利を持つ」
その言葉とともに、彼の足元に新しい段差が現れた。
「選べ、そして創れ」
神話の世界で、【魚の目】は一人、真実を求めて再び歩き出すのだった。