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古城の暗影  作者: 牧亜弓
階段
53/100

エステ技師

廊下の奥へと進むにつれて【魚の目】は匂いに気づいた甘ったるい花の香りに似ていたけれどそれは明らかに人肌のぬめりを含んでいた香水ではない肉の香りだ扉があった白無機質そして異様に綺麗だった取っ手に手をかけるとひやりとした金属の感触が骨に伝わる何の躊躇もなく彼は扉を開けた中はサロンだった光沢のある椅子がずらりと並び赤紫の照明が柔らかく室内を満たしている無人に見えたが明らかに営業中の空気があったその空気の中心にいたのは【エステ技師】彼女は立っていた背筋を伸ばし白いユニフォームに身を包み目元に薄く笑みを湛えていたがその目は死人のように虚ろだったいらっしゃいませお客様施術をご希望ですか【魚の目】は黙ったまま一歩だけ踏み込んだあなたのお悩みは自己ですか他者ですか唐突な問いだっただが正しかったおまえ誰だ私は鏡ですなんだと私はお客様の奥底にある理想を映しその理想の通りに形を整えるために存在しますその瞬間周囲の鏡がぼんやりと光を帯びた映ったのは【魚の目】の顔ではない鏡の中の彼は頬が引き締まり目は大きく皮膚は滑らかだったいやそれだけではない彼は誰かになっていた【焼け犬】だった【牧亜弓】だった【ふじわらしのぶ】だった【ねじれ女】だった断片的に少しずつ彼らの顔に似ているそして最終的にそれは無数の顔となってゆらゆらと揺れながら【魚の目】自身を見つめ返した誰になりたいかを選んでください【エステ技師】はまるでファストフードのメニューを紹介するかのように言った施術は無痛です人格形成記憶の統一社会的立ち位置の調整すべてオプションに含まれております【魚の目】は口の端を引きつらせて笑った俺の顔は俺のものだお前に整形される筋合いはねえよいいえ【エステ技師】は一歩前に出るあなたがなりたいものは常に外からの目で作られているその言葉が刃のように突き刺さっただが彼はもう動揺しない俺は【魚の目】であることを選び続ける痛くても不格好でもな彼がそう言い切った瞬間鏡に亀裂が走ったがしゃんひとつまたひとつ鏡が砕けていく【エステ技師】の目がわずかに見開かれる拒絶確認自我確定施術無効化退店処理を開始します床が沈むように揺れ部屋全体が静かに崩壊を始めた【魚の目】は振り返らずに出口へ向かう振り返ればたぶん理想の顔がまだ遅くないよと微笑んでくる背後で誰かが囁いた美しさとは痛みに耐えた人間のことなのかもしれませんねそれが【エステ技師】の本当の声だったかどうかはわからない【魚の目】は無言で扉を閉めた地獄エステは何もなかったようにまた静寂の中へ沈んでいった


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