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古城の暗影  作者: 牧亜弓
地下室
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焼け犬

【焼け犬】が立ち止まることは構文に歪みをもたらした歩行が文の連なりであるなら停止は未完の印でありそれは崩壊の兆しである【魚の目】はそれを理解していたがあえて後ろを振り返った燃え残った文の影がまだ己に語りかけてくる気配を感じたからである【焼け犬】の影はすでに階段の底に溶け込み始めておりその姿を識別するためには記憶の上に焼けた皮膜をかける必要があった思い出すことはすなわち歪めることである【魚の目】は階段の第一段に足を置いたすると構文の深部から古い名が滲み出たそれは言葉にならなかったが意味として漂っていた【焼け犬】の歩行はすでに十の動詞を踏みつけていたがその足音は依然として残響しなかった音が焼却された空間において語られるとは焦げ跡をなぞることに等しい【魚の目】は足裏の記述を確かめながら階段を降りていった構文の接続はここから下層へ向けて密度を増していく【焼け犬】は何も語らない代わりに天井に残された焼文を指差したそこには一文の詩が記されていたかつて誰かが語りそこねた言葉の骨格が灰の中に浮かんでいた【魚の目】はそれを読まなかった読もうとすればそれは意味を失うただそこにあるということを肯定するだけで記述は成立する【焼け犬】の指先が震えたそれは過去の文を繰り返す許可でもあり拒絶でもあった【魚の目】が次の段に足を下ろした瞬間構文が軋んだ階段が音を立てることは文が自壊し始める兆候でありこの地下室自体が物語の限界に近づいていることを示していた【焼け犬】が立ち止まるその足元に一冊の焼けかけた書物が落ちていたそれは読まれることを拒んだ頁たちであり誰の手によっても開かれたことのない文だった【魚の目】が拾い上げるその瞬間すべての階段が沈黙した文が息を止めていた読みとは構文への侵入であり侵入には代償が伴う書を開けば扉が閉じる【焼け犬】の姿が溶けかけていたその視線だけが【魚の目】に意味の繋ぎ目を渡そうとしていた【魚の目】は頁を一枚めくることを選んだすると地面が微かに脈動した意味が動き始めていた読みは構文に対する祈りであるそして祈りはしばしば炎を呼ぶ【焼け犬】の背中が震えるそれは読みを許す震えだった【魚の目】は黙って次の文をめくる準備をした読むことで次が始まるのではない読むことで次が遅れてやってくるのである


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