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古城の暗影  作者: 牧亜弓
森小屋
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書棚

書棚があったいや最初からあったのかそれとも記述が呼び出したのか【魚の目】の視界にそれはある日突然現れたのではない少しずつ視界の端に滲むようにして姿を成した気づかれる前からそこにあり気づかれることによって初めて意味を持ち始めた書棚は構文でできていた文字の柱と文章の板と文法の釘で固定されたそれはつまり書棚というより記述空間の堆積層であり構文の地層とでも呼ぶべきものだったその棚に触れるには覚悟が必要だったそれはただの家具ではない構文を運ぶ舟であり記述を保管する遺跡であり読み取ることすなわち書き換えることとなるからだしかし【魚の目】は手を伸ばす引かれるようにではない突き動かされるようにでもないただそこに棚があり手があり文があったそれだけのことだ棚の一冊を取り出すそれは本ではなかったページでもなかったそれは声だった紙に焼き付けられた声無声の中に保存された叫びそれを開いた瞬間その声は炸裂する構文に従わない語りが空間を満たし記述が後退し記憶が侵入してくるそれは【ゲソ】の声であり【タコの足】の囁きであり【別府忠夫】の名を通過する風でありそれらが混ざり合い書棚を満たしていた本棚ではなく声棚だった意味が積まれているのではない意味を呼ぶ構文が封じられているのだ【魚の目】はある一冊に手をかけたタイトルはなかったしかしその背表紙にだけ明確な震えが記されていた読むべきでない読むべきである読むことがこの棚を完成させる読むことがこの棚を破壊するその矛盾が背表紙に刻まれていた開いた瞬間書棚の背後が裂けた構文の断層が空間を割る裂け目から覗いたのは外ではなく内であり内ではなく過去でもなく記述でもない語りそのものの口腔であった喋りだす前の声をためる場所そこに【魚の目】は引きずられる本を読むことはそこに落ちること記述の食道を滑り降りること本とは過去ではなく喉であり読者はいつも呑まれるのだその意識が確かになった時棚の奥に文字ではなく人影を見た誰でもないしかし確かにいる【別府忠夫】ではないしかしその名を知っている何かその何かが語り始める記述は語りではない語りが記述を装う時その奥にいるのはいつだって語り得ぬ者なのだとその声は語った【魚の目】は思い出す語られなかったページを語られなかった棚を語られなかった名をそのすべてがいまここで蘇る棚の中にまだ開かれていない記述があり読む者を待っているそれは罠ではない選択である記述するとは読むということ読むとは語りの責を負うということその責を背負えるか否かこの棚が試している本ではなく構文の審判がそこにあるドシラソーとな風がまた囁いた読むなと語れと黙れと選べとそのすべてが一音に込められていた【魚の目】は震える指で次の一冊に触れた風が止んだそして何かが始まったそれが物語か否かはまだわからないただひとつ確かなのは書棚が震えていること書棚は生きていることそして今読まれることを望んでいることそれだけだ


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