表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ファインランドふたたび ―はるかなるファインランド

  二十一世紀になってインターネットが普及し、それは今までのすべてを一新させる破壊的なものだったことは今更言うまでもない。凡庸な決まり文句で恐縮だが、天地がひっくり返らんばかりの大混乱が落ち着くと突然、すべてが停滞した。次の波がどんなものか分からぬまま、インターネット、コンピューターの利用でまだな部分が暫時更新され、それは変化であったろうが、根本的なものはもうすべて終わっており、景色が変わることはなかった。ただ無為な時間が流れていくだけだった。同じ時間が巻き戻されては流れる。永劫回帰とはこのことなのかもしれない。先進国は時間の止まった国と同義になり、周辺国は悪い方へ変化する落ち着かない国と同義になり、外交は恫喝、戦争も含むものとなった。

 先進国の政治は、新たなイノベーションもないまま、既存の大企業の利益誘導とその見返りで、人々から一番汚い職業と思われるようになった。にもかかわらず世襲制で政治家となるものはおり、あるいはさまざまな理由で名を売った人物が自己アピールか、自己顕示か分からぬが選挙に立候補し、いっそう議員という仕事を貶めた。

 議員に仕事などと呼べるようなものはない。たまに志を持ってなろうと言う者がいても当選するには大量の金が要る。地盤を持っていない、あるいは有名でない限り票は集められない。当選しても票を集めるためのポピュリズムでは意志が達成できない。第一、今なすべきことなどもう何もなかった。戦争に巻き込まれない限り、国民全員が徹底的に飢えることはないだろう。それぞれに不満はあるが最低限(つまりただ生きること)は何とか保たれている。それ以上の何があると言うのか、それ以上は意見が分かれる。では、今なすべきことは何か。すべてコンピューターに放り込んでビッグデータとAIに答えを出してもらえばいい。どの地域に工場が立って道路が必要だとか、ある地域の人口が減って病院の統廃合をすべきだとか、震災があって復興の方法はとか。今までの事例を何でもかんでも放り込んで原因結果を学ばせ、シミュレーションを繰り返し、今起こっていることから起こるであろうことを予測させ、最適解を出す。議員は廃止して、国民から抽選で委員を選び、AIの提言に沿うか、違うデータを追加するか話し合えばいい。優秀な技術官僚が問題と今までのデータを無作為にひたすらコンピューターに入力し、AIが今までの事例、外国の事例も参照して答えを出す。委員が認可する。それで十分ではないか。デストピアもので、未来をコンピューターが支配するなどと言うのが多数あるが、集票のみの能力で議員になり、それを自分が賢い、能力があると勘違いしてる議員に我々の生活を託すよりよっぽどましでないか。もちろん、現存の議員は反発する。様々な御託を並べるが、そんなことをすれば自分たちの居場所がなくなるから。それだけのことだ。

「議員の廃止とAIによる国策をすすめる会」が立候補し、まず、二人が当選した。国会審議では5人の国会議員が必要なので、次の選挙で声を嗄らしアピールした結果、現議員への失望の多さから何とか5人を確保でき、国会審議にはAIを駆使して、またネット等利用して国民の声、民意を集めそれを反映したものを公表した。もちろん既存の議員たちから黙殺されたが、ネットその他で細かく解説し、それがいかに素晴らしいものかを力説した結果、ますます現議員の無能ぶりが顕著になり、次回の選挙は期待で近年になく盛り上がりそうだった。ただ、そう騒いでいるのはマスコミだけで、もし選挙になれば、いつも通りの投票率で、既存の政党と議員が名を連ねるだけだ。みんなそう思っている。マスコミも実はそう思っている。しかし、記事を作らないと、ますますネットニュースに食われてしまう。ネットニュースの方が面白いのも、マスコミは知っているのだが。

 しかし、「AI党」は次に打つべき手を考えていた。やはり選挙に勝ちたい。議員なんてものを廃止したい。そんな時、二十世紀末のあだ花のような、特別な地域、「ファインランド」についてのパンフレットのような小冊子が偶然目に留まった。ネットから自由になろうとあがいた人々の物語。今我々は、過去の遺物のしがらみから自由になろうとしている。ネットのない時代、人々は血縁で繋がり、それを基にした地縁で繋がった。同じ地縁、血縁ということのみを担保にして集まり、生き残りを考えた。今、ネットを使えば、様々な条件を同じくするもので集まることができる、メタバース上で。

「ウヨクとは国籍以外誇るものがない人間だ」という者がいた。随分な言い回しだと思ったが、マスキュリストは、男であること以外に誇れるものがない者のことで、ほとんどの人間は頭がいいとか、優しいとか以外に誇れるものがないのかもしれない。だがまあ、~以外誇れるものがない人々が集まってグループを作り、その価値を意味あるものだと広める。そのためにしなければならないことを綱領にしてネットで流す。賛同する者が集まって、意見が大きな波となり、民意となってAIがそれを判断する。良い悪いを判断するのではなくて、今多数が求めているものを判断する。試しに、様々な考えごとに人々をまとめてグループにしてみては。「AI党」はメタバース・ニューファインランドをアップした。

「ニューファインランド」そこは、ネット上の一つの国で会員になるとは「ニューファインランド」の国籍を持つと言う事。しばらくはこの国との二重国籍で我慢するが、勢力ができたら独立国として承認させる。「AI党」の目的ができた。「ニューファインランド」の独立。入国審査つまりログインは名前とPIN。入ると広場がある。そこで人を待ってもいい、話しかけて議論してもいい。周りには碁会所、ゲームセンター、ダンスフロア、レストラン、ブティック、銀行、郵便局、図書館、美術館何でもある。これは既存の有名なホームページや既存のメタバースやゲームとコラボして参加してもらった。国の外れに行くと、恐竜がいて狩りをしている。最新戦闘兵器を使って戦争している。古代の、数に任せた戦をしていて、軍師をする羽目になる。ゾンビがうようよいる。本を読んでもいい。名画の鑑賞、名曲のコンサート、ロックだっていい。国の中心の広場に戻ってさあどうしようか、次は何をしようかと考える。

「ニューファインランド」という国、エリアのイメージは縁側。実際縁側なんてものは古い映画の中でしか知らない。しかし、まあ、田舎があって、一仕事終えて縁側に涼んでいる。良い風が吹いている。近所の人が通って挨拶をする。家の畑で取れたと言って野菜を持ってきてくれる。立ち話が始まる。そのまま将棋でもしようと縁台で将棋が始まる。井戸水でスイカを冷やしている。そんな場所。

 ダンスができなければ教えてくれる人がいる。教えられることがあれば、メタバース上に場所を確保すればいい。もちろん金がかかる。だから、初めは広場で人を集めて教えて、授業料を取るなり、教えてもらっている人々がお金を出し合っても、それがカネになると思った人が融資してくれても構わない。銀行に相談に行ってもいい。通貨はやがて独自の物にしたいが、今は仮想通貨を使おう。どれを使うかは使用者が決めればいい。両替屋もある。

 人が集まり、各々自分の趣味を楽しむ。最初はサードプレイス。やがてここを集う者のファーストプレイスにしたい。外見は自分で選択すればいい。男でも女でも老人でも子供でもロボットでも山猫でも、架空の何かでもいい。その外見と国を出た後の外見に繋がりはない。結婚してもいい。教会が必要かな。しかし、宗教については慎重にならないと。国の中の結婚と国の外の結婚は違ってしまうが、それについても考えよう。

 趣味を楽しんだら、広場で一服しよう。屋外カフェで一休み。気軽に横の人に話しかけてみよう。

 かつて、「ファインランド」と呼ばれた地域があった。まだインターネットが黎明期だった頃、早くも初期の通信やネットに毒された人々のデトックス、治療、薬抜きの場として、一部のセレブが使用していた。やがて様々な形でマスコミに取り上げられた時、突然、姿を消した。偶然なのか、誰かが仕掛けたのか分からない。「ファインランド」を取り仕切っていた一族に長年仕えた人物が回顧録を出した。辺境の片田舎のちょっとした名主だった一族が時の人となり、最高潮に達した時から歯車が嚙み合わなくなってやがてあの事件が起こる。それまでの日々を淡々と描いたものだったが、ノスタルジーか、ちょっと売れた。それを読んで参考にしたのが、この「ニューファインランド」だった。ネットのデトックスではない。この現実をネットを使ってデトックスする。本当の平和や希望をネットで実現する。「ニューファインランド」での成功を現実に順次移植し、やがてリアル「ニューファインランドを」を実現する。そのために、このメタバース「ニューファインランド」に人を呼び、国会議員の廃止、委員会制の導入を党是として世に問う。友人たちとメタバースをフルに使って世に訴えていこうということになった。次の選挙は来年の夏。後一年で、メタバース「ニューファインランド」を5千万人規模にまで押し上げよう。もちろん、そこには外国籍の人々も交じっているだろう。未成年者だって。構わない。まずは実績だ。実績は登録者数だ。数字がすべてを証明する。少なくとも今の国会議員よりは支持され、評価される。

 今年の夏も暑いのだろう。毎年と同じく終戦の日を迎える。これは敗戦の日だ。昔、この国は誰が考えても無謀でしかない戦争をして国民をたくさん死なせた。一般市民の上に雨あられと爆弾、焼夷弾が落とされ、最前線の自国の島では本土からやってきた自軍の兵士が自国民を助けないで自殺を強要し、最後は、一つの都市を丸ごと壊滅させるほどの威力を持った爆弾を実験するかのように落とすのを知っていながら何の判断もしなかった。まさしく虐殺以外の何物でもなかった。やがて国の頂上で唐突に戦争を終わらせた。そうかな、単に邪魔くさくなって投げ出した。そしてそれを終戦という。戦争に加担した責任者は知らぬ顔で戦後を生き延び、いいポジションを確保した者もたくさんいた。敗戦時、自殺した者も数名いたが、トップの一人はたぶん自分ならするであろうような、敵に対する拷問とかを想像したのだろう、拳銃で自殺を図ったが、どうせ慌てて、落ち着いて引き金も引けなかったのだろう、死に損なって敵に助けられ、その敵に向かってサンキューと言ったらしい。責任を取ろうとか、申し訳ないなどという気持ちは毛頭なかったのだろう。できることなら、どういうつもりだったか、そのころの責任者たちに聞き取りをしたいところだ。たぶんみんな、自分は反対だったが、どうしようもなかったのだとでもいうのだろう。終戦をきちんと敗戦と言って、国民の手で責任者に責任を取らせたい。開戦の前からシミュレーションでやれば負けると分かっていた。その地に住むものの幸せを守れず、その地のために自分を犠牲にしろと強いる、そんな責任者。そんな責任者達の子孫が今議員をしている。選挙で選ぶ者が悪いという。そうだろう。選挙で選ばれたから、責任は選んだものにあるという。だから政治家に責任感はないという。

 この国を占領した者は自分の国が民主主義で、政権が変わるたびに部下も総入れ替えになり、安定しないことを憂いて、この国を官僚制にした。政治家がいくら入れ替わっても優秀な官僚は代わらず政策を立案し実行する。政治家は「夢のある暮らし」とか「安心」とか「希望」なんて御託を並べていればいい。実行は行政を担当する官僚なのだから。戦争が終わってすべてが不足し、すべきことが山積みの時はそれでよかった。人口もうなぎ上りだった。しかし今まず、官僚が、優秀ではなくなった。人口が増え続け、受験で勝ち残った時と今は違う。過酷な受験を経験した者が教師になって問題の傾向を研究し対処法が出揃った。教科書とそれを詳しく論じた参考書、問題集しかなかった時、生徒は自分で解法を考えた。今はすべての解法が参考書に書かれ教師はそれを伝えるだけになっている。自分で考えると時間がかかる。コスパが悪い。しかも入試はほとんどマークセンスだ。短時間で処理することが求められる。今そんな入試をしてるのはこの国だけではないか。だって短時間で空欄に解答を当てはめていくなどというのは、コンピューターが最も得意とすることだ。それを人間がしている。この国の教育水準は明らかに下落している。そしてそんなことを一番早くできる人間がこの国トップの大学生であり、官僚であるわけだ。今この国トップの大学生に、〇大生ですよねと言うと、「はい、一応」と応えるらしい。自分で自分の学力に自信がないのだろう。思考力、学識が高いのでなく、マークセンスの処理能力が高いのだと。そのくせ会話のどこかで必ず出身校を名乗るらしい。やっぱり自慢なのだ。それしか自慢することがないのだ。

 選挙というパフォーマンスで目立つための立案、自分がヒエラルキーの高位で生き延びるための仕事、それが官僚になっている。もうだれも役人も公務員も信じていない。検察などドラマはすべて彼らが陰謀を策しているとしている。そんな中でほとんどの真剣に仕事をしている官僚や検察はやる気を失っていっている。希望する者は年々減っている。そんな事情を知っている者は子息を海外の大学にやる。外資の会社に入れる。その方がキャリアになるから。日本の企業に入れてもキャリアにならない。

 学生に、なりたい職業に着けという。何になるの。サッカー選手? お花屋さん? 看護師さん? 学生の知っている職業なんてそんなものでしょ。例えば、小さなねじを作っている人のことを学生が知っているか。しかし、ねじがなかったら世の中が動かない。今ある仕事は犯罪やそれに類するようなものを除き、すべて必要だからある。不必要な仕事なら成り立たない。どんな仕事であっても、夢中で仕事をこなし、やがて自分のしていることが世の中の役に立っていることを実感して充実を感じる。仕事とは自己満足ではない。そんなことも分からずに学生に職業選択を語ってほしくない。今はそんな甘言ばかりだ。だから、コンピューターの方がずっと信用できる。若い人たちは実はみんなそう思っているのではないか。彼らは素直で優しいけど、実は上の世代など、誰も信用していないのではないか。だから本を読まない、テレビを見ない。彼らは上の世代の遺物すべてを拒否しているのではないか。

 大国に占領されて統治された敗戦時からこの国の政治家は大国の顔色を見ないわけにはいかなかった。志を持って真の独立を考えた政治家もいただろう。しかし、大国に潰された。彼らは民主主義ではない。民主主義を目指す他国の革命をどれだけ潰してまわったか。彼らは資本主義だ。

 ただしっぽを振る政治家だけが生き延びた。防衛などというが、ミサイルの時代に海岸線に原発を作り、都市にシェルターも作らない国でただ大国の武器を言われるままに買っていても仕方あるまい。我が国こそ外交に力を入れ、様々な国と駆け引きをし、学力を伸ばして優秀な人材を育てるべきだ。育った産業を大国の一言で売り飛ばし、規制し、大国のリーダーとニックネームで名前を呼びあって笑顔の男がこの国のリーダーだった。大の大人がニックネームで名を呼びあう姿に本国ではみな恥ずかしさに赤面していたというのに。もうこの国はいい。皆で「ニューファインランド」に移住しよう。そこで一からやり直そう。次の選挙ではAI党に清き一票を。


 駅前で刃物を振り回している男が逮捕された。どうやら陶片追放になったのが原因らしい。いつも通り「ニューファインランド」に入ると誰もいない。始め男は何が起こったのか分からなかったらしい。最近、ニューファインランドの人口がどんどん減っていると思っていたらしい。(実際は急増している)ところがどうやら知り合った人から拒否されていたことにようやく気が付いた。男が不愉快なのだろう、知り合いが「結構です」を押したらしい。これを押されると男から相手が見えなくなる。相手からも男が見えないらしい。出会う人片端から男は声をかけて話しかけてきたわけだが、様々な人と出会うための場だと思い、そうするものと思ってした行為だったが、皆に煙たがられた結果がこれだった。そして男は現実世界の駅前で声をかけ始め、刃物を振り回した。このニュースはすぐにネットで配信された。ある女性は言った。私は最初、ニューファインランドにいて、彼氏ができて、彼が二人きりの世界が欲しいというので、二人以外の人は「結構です」にして二人でテーマパークに行って乗り物に乗り、映画を見て街を歩いて、でも次第に鬱陶しくなって自分以外すべて「結構です」にして今は一人で楽しんでます。彼には仕事が忙しくてと言ってますとのこと。彼女はニューファインランドの国籍を三つ持っている。そんな投稿に皆が私も、私もと賛同の「素敵」を送ってきた。そう言えばVR人口がうなぎ上りに上がっている。全世界人口の4人に一人が登録ということだが、どうやら一人で何人もの登録をしているらしい。もうすぐ全世界人口の総数を上回る数になる。

 今人は他者と出会いたくない。一人の世界に仮想人物Vpヴァーチャル・パーソンを配置すればいい.AI対応だから嫌な思いはしない。人によっては自分の世界に数十人のVpを配置している人もいるらしい。もちろん、アダルトな目的で自分好みのVPを配置してまさしくハーレムを作っている者もいるが、ただ話すだけという人も結構いるらしい。

 テーマパークに行ってコースターに乗る。コースターを滝に突っ込ませたり、空に飛びださせたりして楽しみ、映画では気に入ったキャラクターを主人公にして話を恋愛話からアクションに変えたりと自由に楽しむ。今はもう映画もテーマパークも本も演劇もコンサートも自分のお気に入りに変更可能だから逆にすぐに飽きる.Vpは自分の気に入るような言動しかしないから退屈。しかし生身の相手は怖い。自分の世界すべてが壊されそうで。

 彼あるいは彼女は今、チェアーベッドで横になっている。昔は目の前に弁当箱のようなメタバース用ゴーグルをつけていたが今は生活空間のすべてにそれがある。部屋には3次元スクリーンが貼ってあるし、今いるチェアーベッドはもともとゲーム用だったが、振動したり回転したりして部屋の片隅でコースターの体感を得られる。寝るときは体にフイットして、角度も変わる。頭部にはカバーがあってメタバースにそのまま入れるし外部の音や光を遮断する。ここに横になっていればどこにでも行けるし誰とでも話せる。様々な体験ができる。彼あるいは彼女自身、水晶体の中には人口レンズが入っているし、鼓膜も張り替えたし歯と骨はセラミックだし、関節も周りの筋肉の動きを読んで自動で動く。内臓ももうすぐ培養できるそうだし、このメタバースももうすぐ、直接脳に送れるそうだ。この世に障碍者など存在しない。外見だってもう整形の必要はないだろう。チェアーベッドの横には完全栄養食のドリンクが置いてある。トイレが邪魔くさいからおむつをしてたまに交換したらずっとここにいてられる。

 人が誕生してからずっと生命の不安と闘ってきた。最近までそれは飢餓だった。やがて病気や安全になった。活動して報酬を得、食料や衣服、住宅を買って生命や心の安心を得る。やがて快適もそれに含まれるようになる。快適な部屋、移動短縮の快適、生活の快適。万一事故や病気で働けなくなったら。そのために政治があったはずだ。弱者。病人、けが人、小児、老人、マイノリティー。元気で自分で何とかなるならそれでいい。しかし万一何かがあったら。そんなセーフティを政治が作ってくれるから安心して暮らしていける。健康や安心、福祉、教育も政治が守ってくれる。しかしもうそんな時代ではないらしい。だったらこのチェアーベッドの世界で十分ではないか。ここにはすべてがある。必要なわずかの金のために最低限、このチェアーベッドから出て、忖度仕事をし、まっすぐここに帰ってきて横になる。するとそのとたんに誰でも世界の王になれる。


 ある日面白い記事があった。最近にしては珍しい、人々が往来を楽しそうに歩いている。男も女もロボットも猫もクマも様々なキャラクターがメタバース内の大路を闊歩している。誰かがスクショしたらしい。そしてそこにいるキャラクターが誰のアバターなのかをハッキングしたのか調べて本人をそのキャラクターの顔部分に貼り付け、二つのイメージを並べた。左右同じイメージで体は同じだが、顔だけ違う。美男美女、子供にクマに猫にブリキのロボット。みんな楽しそうに笑っているのだが、その横にいる現実の人の顔のは、一様にすべて老人だった。国を立て直すために政治がどう、経済がどうなどと言っても仕方ない。もう遅い。国を支えるべき人たちがもういない。どうしようともうこの国は老人の国でしかないのだ。この世の天国の画像はただひたすらに醜悪だった。

 画面には「この画像はまだファクトチェックを受けていません」と表示されている。フェイクニュースが問題視されて、SNS上等に画像が貼られると自動でさっきの警告文も画面に貼られるようになった。警告文を消したかったら、ファクトチェックを依頼できる機関に審査を依頼しなければならない。大手のマスコミや通信社は自社でその機関を持っている。最近はだからちょっとした画像などなら警告文が貼られたままでアップしている。どこかの食事風景でこんなもの食べましたブログなら問題ないだろう。今回の画像は、勝手にハッキングしたものだろうから、審査を受けるわけにはいかないし、真偽などどうでもいい。たぶん、メタバースで遊べるものなど、金持ちの老人に過ぎないくらい、誰もが知っている。


 窓の外には青空が広がっていて、中心部からずいぶん離れて生活に不便なところまでやってくると、この辺りは住宅費が安いから、そんな住宅費に見合う人たちが自分の体を動かして働き、体を動かすことで生活を成り立たせている。たとえば自転車を漕いで移動代を浮かすとか、メタバースで楽しめないから体を使ってサッカーをするとか。珍しく若者が多くいて河原でサッカーをしている。ひなびた田舎の風景で、ちょっとノスタルジーを感じさせる。飛び交う声はこの国の言葉じゃないけど。やがて彼らの人口が増えて中心部にも押し寄せ、その時、この国はやっと、目覚めるのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ