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こんがり化けたモノクローム  作者: つじは
気流に眩んだプロセスモデル
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第16話 台風の目

 A組の教室には、まだ生徒が数人残っていた。それを確認すると、すぐさま小冬は一人の男子生徒を呼び出した。名前は高倉文也(たかくらふみや)というらしい。高倉は知らない生徒からの呼び出しに一瞬驚いた顔を見せたが、間もなくしてそれに応じた。


「高倉くんだよね。沙妓乃ちゃんのファイルとったの」


 その冷たい声は、いつも聞いているそれではなかった。

 小さな震えを悟られないように、少し悲しそうに、小冬は拳を握っている。

「なんのことかな……」

 高倉は目を泳がせる。

「だって、あたし見たもん。昨日、高倉くんがA組の教室に入っていくところ」

 ……教室?

「おい、原稿が盗まれたのは文芸部室だろ? どうして教室の話が出てくるんだよ」

 俺の問いに、小冬は聞く耳を持たない。

「あのとき高倉くん、沙妓乃ちゃんのバッグに…………手紙を、入れたでしょ」

 こちらを一瞥して言葉を濁したのは、小冬なりの気遣いか。

 その一言に、高倉は凍り付いたような顔をした。

 小冬が今日の朝何か言おうとしていたのは、昨日の放課後ことだったのか。慣れないシチュエーションに耐えかねて、俺に相談しようとしていたのだろう。

 高倉は諦めたように、静かに語りだす。

「……場所とタイミングを、見計らっていたんだ。教室に来たらバッグだけが置いてあって、チャンスだと思った。机やロッカーに入れるのは、誰かに見られそうだったから。でも、折れないようにするためにはそこにあったクリアファイルに入れるくらいしかなくて……。でもあとから後悔したんだ。直接言わなくちゃいけなかったって」

 そういうことか。

「つまり、教室で能さんのバッグに手紙を入れようとした。でも適切な場所がクリアファイルしかなくて、入れたらビックリ。それごと文芸部に提出されてしまった、と」

 そして、焦った高倉はファイルの所在を探す。文芸部室にたどり着き、無事回収に成功したというわけだ。

 高倉は「ああ」と頷く。

「でもどうして、クリアファイルごと盗ったんだ」

 俺は一歩踏み出し、語調を強める。手紙の回収が目的なら、それだけ抜き取ればいいはずだ。

「やっぱり、部費が狙いだったんじゃないのか」

 高倉の目が陰る。この話にはまだきっと裏がある。

 部室での能の表情を想起すると、徐々に許せない気持ちがこみあげてくる。こうなったら、全部突き止めて、


「ケンちゃん、そうじゃないでしょ」


 小冬が静かに俺の言葉を制する。

「短編のテーマ、何」

「あ……」

 ハッとする。小冬はきっと、この先を説明させるという苦行を高倉に強いるまいと思ったのだろう。

「君の言う通り、最初は手紙だけ回収できればいいと思ったよ。でも、トレイの前のポップを見て、原稿のテーマがそれだって知ったんだ。今思えば、そんなに見たかったのかな。簡単な判断ができないほどに、僕は参っていたみたいだ。だってそのせいで、それに興味を持ったせいで、この先も無くなった。……原稿、返してくるよ」

「……でも、わからなくない気がする。そういうの」

 そういうことに縁がないと思っていた小冬が、今日は違って見えた。

 きっと教室前で焦る能を見たときから、全部気づいていたのだ。

 小冬なりにいろいろ悩んで、能や高倉を想って、それでも自分の判断が信じきれなくて、俺に相談を持ち掛けたのだろう。そういう信頼を、俺に置いていてくれていたのだ。

 ――それなら、俺も。

「誠意、か」

「?」

 小さくつぶやいた俺に、小冬が不思議そうな顔をした。

 それができるのか、俺には自信がない。でも、多分それがこの事件にとって、そして俺にとって、一番正しい結末なのだ。

 俺は高倉の方を向く。


「ちょっとそれ、借りていいか」

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