7,ヤンキーくんと自己紹介
「━━というわけであたしは基本活動に関与しないんで、まあマスコット程度に考えておいてね。こうして時々様子見に来るから」
漫研の活動概要を説明したと思いきや、唐突にこんな発言をした実崎は本棚から取り出した漫画を読み始めた。
てっきり冗談かと思っていたけど、本当にただ漫画読みに来るだけなのか。
「まあそんなわけであと一人足りないけど、新入部員も二人入ってくれたし、今日は親睦を深めるということで、まずは全員自己紹介をしようかなと思います」
話をまとめるように部長が発言した。
「じゃあとりあえず僕から喋るね。僕は三年の榊雅人、知ってると思うけど漫研の部長だから、相談とか何かあったら何でも僕に聞いてね。よろしく」
及川と紗理奈が拍手し始めたので、俺も一応、形だけ便乗して拍手した。
「おいー雅人、つまんないぞーもっとボケろ」
「ちょっと真綾ちゃん、無理言わないでよ。僕そういうの苦手なんだから」
「なんだよ、こういう時に面白いこと言えてこそいい男ってモンでしょ?」
「それは関係ないと思うよ……」
部長と実崎のやり取りを見ていると、ふと疑問に思ったことがある。
部長も実崎も下の名前で呼び合っているし、コイツら仲良すぎないか?
「はいはい!! 実崎先生と部長、妙に仲いいですがどういう関係ですか!?」
紗理奈も同じことを思っていたの、右手を挙げて目を輝かせながら質問する。
「いや、それはその……」
「あー実はあたしら従姉弟なんだよ、これオフレコね」
部長が答えに迷ってどもっていると、実崎が漫画を読んだままぶっきらぼうに部長との関係を明かした。
言われてみれば、部長と実崎は口元とか鼻とか似ているかもしれない。
「へえ、従姉弟のお姉さんが先生で、弟分が生徒……なんか漫画みたいですね!!」
「そうだよね、漫画みたいなことって本当にあるんだね」
及川まで便乗して言うものだから、部長は恥ずかしくなったのか、すっかり顔を赤くしてはにかんでいた。
「じゃあ次、私ね。二年の及川優子です。好きなアニメは東京リベンジャーズとか呪術廻戦とか、ていうか色々あって挙げきれません!! 気になる人は私に個人的に聞いてね。あと漫画描くのが好きで去年入部しました、よろしくお願いします」
及川も東京リベンジャーズ好きなのか。
面識があるのか定かではないが、案外佐藤と趣味が合うかもしれない。
「はい質問、及川さんが彼氏にしたいキャラって誰ですか?」
またしても実崎が口を挟んできたが、この人本当にロクなこと言わないな。
「え? か、彼氏にしたいキャラ? ……うーん、考えたことないです!!」
赤くなって困惑した様子で、当たり障りのない回答をする及川。
もしかして推しがたくさん居すぎて選べないパターンだろうか。
「なんだ、たくさんいて選べない? まあ先生からアドバイスだけど、孫悟空みたいな人はやめときな。働かないし、家出するし、死ぬし。ベジータみたいになんだかんだ家族思いな人選びなよ」
何の話をしているだ、この人は。
ていうかベジータ好きなのかよ。
自己紹介よりふんぞり返って漫画を読む実崎のコメントのほうが面白い。
「……実崎先生、彼氏いないじゃないですか」
「おい及川、今年は留年したいか?」
「すみません!! なんでもないです!!」
実崎の洒落にならない脅しのせいか、物凄い勢いで釈明している及川は顔面蒼白になっていた。
「じゃあ次、青木君お願いね」
部長から指名されたので、何を言おうと頭の中で言葉を整理する。
「二年の青木っす。まあ……ビーバップ好きですね。趣味で絵描いてるんで絵描けるんならって入部しました。とりあえず気合いだけは入ってますんで、夜露死苦」
いや、もう、なに喋ればいいのかわからない。
好きな作品とか、もう果たしてこの人たちが知っているかわからないし、迂闊にアレが好きとか言えないよ。
自分が容姿の面で影響を受けたビーバップの話はしたが、この中でビーバップが通じそうな人ってギリギリ実崎だけだと思う。
恥ずかしすぎて思わず俯く。
そして嫌な予感がする。
「はい質問」
ほら来た、嫌な予感的中。
実崎からの質問なんぞ、どうせまたロクでもないものに決まっている。
「先生はビーバップより特攻の拓が好きなんで、とりあえず不運と踊っちまったんだよってコマのイラスト描いてもらっていいですか?」
もはや質問でもなんでもなく、ただの要求だった。
しかも本当めちゃくちゃどうでもいい内容だった。
「実崎、それ質問じゃねーっすよ……」
「え、そう? じゃあアレ描いてよ、ドエレーCOOLじゃんってやつ」
「だからそれリクエストなんすよ、後日でいいっすか?」
「え、描いてくれるの!? ありがとう青木君、大好きだわ!!」
なんなの、この人……。
「私には実崎先生と青木くんが何の話をしているのか全然わからない……」
「奇遇だね、僕もわからないよ」
及川と部長は理解不能な様子で困惑していた。
当たり前だ。ビーバップより後の世代の漫画とはいえ、特攻の拓とは平成初期の漫画なのだから、そもそも俺たちは世代ではない。ていうか実崎だって二十代半ばだろうから世代ではないはずだ。
そして紗理奈は話を聞いておらず、退屈そうにスマホを弄っていた。
「じゃあ最後は紗理奈ちゃん、お願いね」
「はい、桜坂紗理奈です。この春入学したばかりの一年生です。実は同人誌描いてまして、去年は"ちぇりーわーくす"ってサークル名で夏と冬のコミケに出てました。ちなみに夏冬で出した作品は通販でも買えますし、私に言ってくれれば直接手渡しもできますので気になる人はご相談ください。アニメや漫画は結構新作追ってます、よろしくお願いします」
ムカつくクソガキだが、同人作家でコミケに出ていたのは素直に凄い。
ただ自己紹介というより、ただ自分のサークルの宣伝をしているだけじゃ……。
「コミケ!? すごいね紗理奈ちゃん!!」
「もしかしてそのサークルの本、僕買ったかも」
「本当ですかー? ありがとうございます!!」
めちゃくちゃ部長と及川には媚びてて、なんかこの子ウザい。
「はい質問、桜坂さんの薄い本ってエロいですか?」
「エロくないですよ!! 全年齢対象ですよ!?」
「アンタ教師だろ、教え子になんちゅーこと聞いてるんだよ」
流石にいくらクソガキでも、実崎の質問が最低すぎて不憫に思えたので苦言を呈した。
「いや、エロいかエロくないかは大事でしょ。青木君だってエロ同人読むだろ?」
「…………ノーコメントで」
すみません、めっちゃ読みます。
「結局不良なんでエロ同人大好きってことですね、変態ですね」
横から紗理奈がため息交じりに失礼なことを抜かしてきた。
「おいマセガキ、あんま失礼なこと言ってるとテメーのエロ同人朗読するぞ?」
「マセガキじゃないですし!! ていうかそもそもエロ同人描いてませんし!!」
フーフーと、紗理奈はまるで怒っている猫のような鼻息を漏らしていた。
「……なんか、紗理奈ちゃんと青木くんって意外といいコンビ?」
「「それは絶対ない!!」」
及川の発言に、意図せず俺と紗理奈の声が重なった。
「まあでも創作活動をしている者同士、通じるものはあるかもしれないよね」
「はあ? 部長、冗談はやめてください。この人絵心なさそうですし、創作なんかできるわけないですよ。きっとピカソみたいな絵しか描けませんよ」
ピカソはれっきとした画家だぞ。
歴史上の人物とはいえ、いくらなんでもピカソに失礼すぎるだろ。
「そんなことないと思うよー、だって青木君は"アオアツ先生"だから」
「……………………え?」
部長が俺の正体を明かした瞬間、紗理奈の動きが完全に止まった。
目が点になった紗理奈が、最後に声を漏らしてぽかんと口を開ける。
「ええええええ!? 嘘ですよね……? あの人私フォローしてますよ?」
紗理奈も俺のアカウントフォローしていたのか、世界って狭いな。
「青木くん、自分の名誉のためにもアカウント見せてあげたら?」
紗理奈のことだから俺のことをネットに流して炎上させそうだし、正体を明かしたくないのが本音だ。しかし生意気なクソガキを見返す絶好のチャンスであるのは間違いなく、及川の言いたいことも理解できる。
少し考えたが、及川の提案を呑んで紗理奈にスマホを見せることにした。
「……ほらよ、俺がアオアツだろ?」
俺のスマホの画面をぽかんと見つめる紗理奈。
その小さな手からは完全に力が抜け、持っていたスマホを床に落としてしまう。
「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……嘘だっっっ!!」
紗理奈の瞳から光沢が失せ、焦点が合わずに虚ろになる。
小さく何度も嘘だと呟いたのち、最後に空気を裂くほどの大声を出した。
いや怖いよ。なにこの子、病んでるの?
「ね? この人本当にアオアツ先生でしょ?」
及川は笑っているけど笑っていないような、そんな怖い笑顔だった。
もしかして及川、紗理奈に怒っているのだろうか。
「え、だって信じられませんよ……こんなヤンキーが、まさか二十万人越えの人気絵師だなんて。だって私よりフォロワー数多いじゃないですか。ぶっちゃけ私より絵上手いですし……そんなすごい人の中身が、まさかこのヤンキーだなんて……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ━━」
紗理奈は虚ろな目のまま、壊れた人形のように何度も嘘だを連呼している。
「うわー、あたしヤンデレって初めて見たわ」
「真綾ちゃん、別に紗理奈ちゃんはデレてるわけじゃないと思うよ?」
「人間って怖いね」
この状況でも顔色一つ変えずに漫画読んでいる実崎が一番怖いよ。
「おい、及川どうするんだ? オメーの言う通りにしたら紗理奈壊れたぞ?」
「えー? うん、とりあえず青木くん、なんとかして?」
無責任すぎるだろ、責任ぐらい取って欲しいんだが。
俺はあくまで及川に促されて事実を紗理奈に開示しただけだ。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ━━」
とりあえずこのロリ、どうしよう。
それから紗理奈を落ちつけようと幾度か試みたが、このカオスな状況の収集がついたのは今から約一時間後のことであった。