6,ヤンキーくんと歓迎しない者
「テメーか、一組に転校してきたヤツってのは」
佐藤と別れて教室に入ろうとした瞬間だった。
呼び止められて、振り返るとオレンジっぽい髪色の坊主頭の男が一人、ガムでも食べているのか口をクチャクチャ動かしながら立っていた。
上は水色のパーカーで、下は腰パン気味に履いた学ラン。
ソイツはポケットに手を突っ込み、ニヤニヤしながら俺を見つめていた。
━━ムカつく顔してるな。
なんとなくソイツにイラっときて、自然と俺もソイツにガンを飛ばす。
「なんだテメー、なんか用?」
「そう怖い顔すんなよ、同級生だろ?」
コイツ、二年なのか。
どうでもいいけど、猿みたいな顔つきでやっぱりムカつく。
「ほーん、目立ってんなぁ……短ランにボンタンとは、時代間違ってるだろ」
「オメーに関係ねーだろ、何が言いてえんだ?」
「いやオレはよぉ、親切だからオメーに忠告しに来たんだわ」
「忠告だぁ?」
嫌な予感しかしない。
コイツの嫌らしい笑みが、ロクな話じゃないことを物語っている。
「愛隣でイキるなら安蒜さんとオレに筋通せや、なあ?」
安蒜、その名前を聞いて身構える。
いや待て、安蒜は工業の生徒だから東京にいるはずがないし、恐らく同姓の別人だろう。
それはともかく、このバカに筋通せって。
「筋通すだ? 同級生のテメーに頭下げろってのかよ?」
「そう言ってんだよ。どこの田舎から来たか知らねーけど、今更気付いたの?」
猿顔オレンジ坊主は俺に近づき、首に腕を回して顔を近づけてくる。
凄んでいるつもりなのだろうが、猿っぽい顔のおかげで全然怖くはない。
「なぁ、オレらの下につけば世話焼いてやるってんだ。悪い話じゃねーだろ?」
「寝言は上野動物園のサル山に帰ってから言えよ、サル野郎」
「あ?」
サル野郎の腕を振り解き、睨みつけながらサル野郎に顔を近づける。
「俺ぁ好き勝手に生きてっからよ、テメーに指図される筋合いはねーんだわ」
「なんだとコラ?」
「いいから戻れよ、授業始まるだろ。それとも動物園のサル山に帰したろか?」
ニヤニヤしながらサル野郎を挑発してやった瞬間、ヤツは額に血管が浮かび上がるほどの形相で俺の胸倉を掴む。
「てめえ!! ぶっ殺すぞコラ!?」
大声で怒鳴るサル野郎。
教室のドアが開いたのはサル野郎が怒鳴った直後だった。
「……え、青木くん!?」
教室から出てきたのは及川で、及川には胸倉を掴まれた俺が見えているはずだ。
狙い通り、これが狙いだった。
俺だってバカの相手はしたくないので、外野の力を借りることにした。
「なんだ、喧嘩か!?」
「おい、ヤンキー青木が胸倉掴まれてるぞ!?」
「あれって四組の山崎くんよね?」
「山崎が青木をぶん殴ろうとしてるってことか!?」
及川がドアを開けたことにより、胸倉を掴まれている俺の姿がクラスメイトの目にも飛び込み、クラスメイトたちがざわつき始めた。
「……チッ、テメー覚えてろよ」
山崎とかいうサル野郎はバツが悪そう手を離すと、舌打ちしながら立ち去った。
「青木くん、大丈夫?」
及川が恐る恐るといった感じで近寄ってきて、心配そうな表情で俺に声をかけてきた。
あの怒声を聞いたらそりゃ、及川ならビビるだろうな。
「危ない危ない。サンキューな及川、危うく殴られるところだったぜ」
「え? う、うん……怪我はないよね?」
「大丈夫だよ、おかげで無傷だわ」
「何があったの? あの人、青木くんに怒ってるみたいだったけど……」
少しほっとした様子を見せた及川から追及を受ける。
「なんかわけのわからないことを言われてな、一方的に絡まれてたんだわ」
「そうなの? 迷惑な人だね」
「だろ? 見た目がこんなだからってひでーよな、ホント」
「もう、気を付けてよね。それより授業始まるから早く教室入ろう?」
「そうだな」
多分山崎がキレて、その怒声に誰かしら反応してドアを開け、騒ぎになるだろうと読んでの挑発。
作戦は無事成功し、及川のおかげで事なきを得た。
うまく誤魔化せたので及川からそれ以上追及されることもなく、クライメイト達は俺にビビって話しかけてくることはない。
ともあれ、無事に解決したので結果オーライだろう。
それにしても愛隣にもああいう不良がほかにいたとは、問題起こすと実崎がうるさそうだからしばらく大人しくしよう。
せっかく及川に誘われ、漫研にも入部できたのだ。
あんなヤツのためにめちゃくちゃにされるのはゴメンだと思った。
ただ、一つだけ気がかりなことがある。
━━安蒜という男。
恐らく連中の頭だろうが、何者なのか調べておいたほうがいいかもしれない。
多分ないとは思うが、工業の安蒜だとしたら厄介なことになるかもしれない。
◇ ◇ ◇
授業、そして帰りのSHRが終わった。
今日は火曜日、即ち漫研の活動日である。
「とりあえずあと一人、部員を集めたいんだよね」
及川と一緒に部室へ向かっている最中、及川がそんなことを俺に言った。
「そういえば漫研って何人いるんだ?」
「去年三年が四人卒業しちゃって、今は三年が部長、二年が私と青木くん、一年生が先週一人入部してきたけど……部活動の最低要件の五人には一人足りないの」
及川が深刻そうな顔で語るあたり、大体漫研がおかれてい状況は理解できた。
漫画やアニメではよくある話だな。
「……で、いつまでに部員集めればいいわけ?」
「今月中ね、だからもうあまり猶予がなくて……」
「なるほどね。ていうか部員少ねーな、そんなにこの学校オタク少ないの?」
「う~ん、どうだろう。ただ去年は私の同学年も他に三人いたんだけど、一人退学になって一人は不登校で退部、もう一人は転校しちゃったの」
及川はがくんと肩を落としながら深いため息を吐いた。
「退学ってなにしたんだよ、ソイツは……」
「その……妊娠したらしいよ? それで産むからって自主退学らしくて……」
事情を説明する及川の顔がほんのり赤くなっていた。
「想像以上に生々しい話だなオイ……マジで言ってんの?」
「マジなんです……」
北九州でも誰が妊娠して産むか中絶するかみたいな話はあったけど、まさか東京に来てまでそういう話を聞かされるとは。
アレって田舎で娯楽がないから起こることだと思っていた。
「部長の代も一人万引きで捕まって退学になってるし、他にも辞めた部員が……」
「部員の不祥事多すぎだなオイ!!」
もうめちゃくちゃすぎて逆に笑いがこみ上げてくる。
「もう先生からも生徒会からも目つけられてるし、青木くん問題起こさないでね」
「……善処します」
それだけ部員が不祥事起こしていたり辞めまくっていたら、流石に学校側から目をつけられるのは当然だろうな。
俺が前に通っていた三萩野高校もだいぶトラブル起きていたけど、愛隣もなんだかんだ言って闇深そうだな。
俺が問題起こしたらそれこそ活動停止とか、廃部にさせられそうだ。
何かあってもバレないよう、上手く立ち回らなければと固く誓った。
「お疲れ様ですー」
「お疲れ様っす」
「あ、及川先輩。お疲れさま…………です?」
及川先導で部室に入ると、見知らぬ顔が視界に飛び込む。
そいつは一言で表現するなら小学生だった。
小柄な体躯。それも背が低いというか全体的に幼い印象で、どうみても小学校高学年。どう年齢を高く見積もっても、せいぜい中学生くらいにしか見えない子供のような容姿だった。
腰まで届く長い黒髪で、左側を一房真っ赤なリボンで縛ったサイドアップ。顔は及川よりもさらに幼い印象で、少し吊り上がった紅い瞳が特に印象的。制服の上とはいえ体の凹凸は少なく、発育があまりよろしくないようだ。
愛隣の制服を着ていることからも、高校生なのは間違いなさそうだが、それにしても随分と子供っぽいというか、ロリだった。
ただ、可愛いとは思った。
お人形さんみたいな女の子で、将来に期待と言いたいところだけど、高校生だとしたらこれ以上の成長は見込めないだろう。
そんな印象の女の子は、俺の顔をじっと見つめて固まっていた。
だんだんと口をわなわなと動かし始め、何かを喋ろうとしている。
「ちょ、なんですかこの人!?」
ビシっと俺に向かって指を差し、狼狽えた様子でその子が大声で叫んだ。
「なにって、新入部員の青木篤くんだよ?」
「ども、青木っす」
軽く会釈をする。
彼女の口ぶりからして及川の後輩らしく、ということは一年生だろうが、一応は初対面なので礼節を弁えて挨拶をしたつもりだ。
しかし女の子が徐々に憤慨した顔つきになる。
「ちょっと部長!! 新入部員ってこいつなんですか!?」
女の子が顔を向けた方向には、昨日と同じように部長が座っていた。
「ああ、そうだけど何か?」
「本気でこの人の入部許可したんですか!?」
「うん。及川さんの推薦だし、僕も話したけど悪い人じゃなさそうだしね」
「そんなわけないですよ、だってめちゃくちゃヤンキーじゃないですか!?」
再びビシっと俺を指差し、部長に力説する女の子。
なんでもいいけど初対面だし、恐らく俺より年下であろうに、とんでもなく失礼なことを言うな。
なんだか話を聞いているとイライラしてきて、俺は女の子にガンを飛ばす。
「あのね紗理奈ちゃん? 青木くんはね、本当にそんな悪い人じゃないよ?」
困り半分の笑顔で及川が女の子を優しく諭そうとする。
「そんなわけないじゃないですか!! だって私めっちゃ睨まれてますよ!?」
「いやあたりめーだろ!! さっきから失礼なことばっか言うなオメー!?」
いい加減我慢の限界がきて、思わず声を張り上げてしまった。
「ちょ、青木くん落ち着いて? 紗理奈ちゃん悪気があるわけじゃないの」
「及川、ちょっとこのガキと話しさせろや。礼儀ってモン教えてやっからよ」
「ええ、ちょっと青木くん!?」
及川の静止を振り切り、俺は一歩前に出て紗理奈とかいうクソガキを睨む。
「なんですか? 殴るんですか?」
「おいこらクソガキ。テメーさっきから黙って聞いてりゃよ、人のことコイツだのヤンキーだの、初対面の相手にちょっと失礼すぎるんじゃねーか?」
もちろんこんな年端もいかないようなロリを殴るつもりはない。
ただあまりにも態度が目に余ったので、教育してやろうと思っただけだ。
「失礼なんて思いませんよ、私は事実を言ったまでですから」
「たったいま会ったばかりのテメーに、俺の何がわかるってんだ?」
「見ればわかりますよ、不良ですよね? なんで漫研にいるんですか?」
「不良がオタクやってたら悪いのかよ……あ? コラ?」
「悪いから文句言ってるんじゃないですか。私、不良って大嫌いですもん」
そう言う彼女の目には、確かに俺に対する憎悪が籠っていた。
恐らくは俺に恨みがあるというより、不良そのものに嫌悪感を抱いているタイプなのだろう。
とはいえ、それが初対面の人間に失礼な態度を取っていい理由にはならない。
「嫌いだったら初対面の人間に悪態づいていいのかよ、常識ねーのかテメー?」
「その言葉、そっくり返してやりますわ。常識のある人間は不良にならないので」
いい根性してるじゃねーかこのガキ。
俺を恐れないどころか、むしろ堂々としているくらいだ。
その凛とした表情といい、ちんちくりんなわりに度胸はありそうだ。
手荒な真似はしたくなかったが、仕方がない。少し脅かしてやろう。
「あんま人のことおちょくってると、どうなるか教えてや━━」
握った拳を手のひらで包み、パキポキと指の関節を鳴らす仕草と同時に言いかけた瞬間だった。
「やめなさい!!」
パシンと、何かファイルみたいなもので俺は後頭部を叩かれた。
「いって!? ……実崎?」
左手で腰に手を当て、右手でファイルを持っていた実崎は、むすっとした表情で俺たちを見つめていた。
「青木君、いくらムカついても暴力に訴えるのは許しません」
「いや、冗談っすよ? 別に殴る気は……」
「わかってる。でも脅迫も立派な暴力だからね?」
そう言われても先に吹っかけてきたのは向こうだし、腑に落ちない。
「あなたもよ、桜坂さん。青木君は先輩なんたから、ちゃんと敬わなきゃ」
「実崎先生、ですが……」
「言いたいことはわからなくもないよ。青木くんは確かに不良だし、授業中いつも寝てるかスマホ弄ってるか落書きしているけど、あなたが思ってるほどのワルじゃないよ」
実崎、それフォローになってねーよ。
「そうだよ紗理奈ちゃん。それに初対面の人にあれだけ言われたら、青木くんが怒るのは当たり前だと思うよ?」
及川まで少し機嫌が悪そうな表情で女の子を叱り、流石に状況が状況なので女の子は何も言い返せずにいた。
「……ごめんなさい」
そしてバツが悪そうに腕を後ろに組み、もじもじしながら謝罪してきた。
「ほら、桜坂さん謝ったけど青木君は?」
実崎に声をかけられる。
多分、俺も言い過ぎたことを謝れって促してきているのだろう。
先に吹っかけてきたのは向こうだし、これで俺が謝るのは腑に落ちないが、ここで悪態づけば今後の漫研部内での立場が悪くなりそうだ。
癪に障るが、ここは謝るしかなさそうだ。
「……俺もカッとなって言い過ぎたわ、悪かった」
「これで後腐れなし。とりあえず青木君はもう正式にうちの部員なんだから、仲良くやるんだよ」
先ほどまでの怒りモードな雰囲気から一変して、実崎はいつも通りの笑顔を浮かべて俺と紗理奈の肩を叩いた。
だけど紗理奈は不満そうな表情で俺を睨み、俺も紗理奈に対して睨み返す。
桜坂紗理奈。
コイツとは気が合わなそうだな。
「……僕、部長なのに完全に空気じゃない?」