1,ヤンキーくんの誰にも言えない秘密
「三萩野ナメんじゃねーぞ。俺は青木だ、文句あったらいつでも来いや」
季節外れの寒波が襲い、肌寒くてコートを羽織りたいと思わせる三月初旬。
北九州は篠崎大橋の下、河川敷に転がる髪色が明るい三人を見下ろし、俺こと青木篤は彼らに向かって啖呵を切った。
腹を抑えて呻いたり、大の字になったり、三人ともボコボコだった。
「あ、青木……テメー、覚えてろよ」
リーダー格と思われ金髪の男は、顔面傷だらけで鼻と唇から出血していた。
それでも憎しみを込めた眼差しで俺を睨み、掠れた声を漏らす。
だがそれも最後の力を振り絞ったものだったらしく、男は直後に気絶した。
「いやーさすが篤くん、マジでありがとう!!」
中ランにドカンを履いた剃り込みの入った坊主頭の男が、感激した様子でこちらに駆け寄ってきた。
「誠、俺を助っ人に呼ぶ時はもっと骨のあるヤツの時にしてくれよな」
「いやーマジで助かったよ。ホント感謝感激、篤サマサマだよ!!」
両手を合わせて俺を拝むように感謝の気持ちを叫ぶ誠。
どういう経緯か説明すると、工業の不良どもが誠にタカりをかけていて、誠は金銭的な被害を受けていたらしい。
悩んでいた誠はそのことを俺に相談してきて、そこで俺の思いつきで工業の連中の集金日を聞き出し、誠と一緒に来て現場で不良どもをボコボコにしたわけだ。
工業はこのあたりでも有名な不良校、頭数だけは多い。
集金に来るのは少人数なので、なんとかなると踏んでの行動であった。
「けどいいのか? 多分だけど工業の連中、仕返しに来るぜ?」
「その時は篤クン、またガツンと頼むよ!!」
誠は自信満々な表情で拳を振り上げる仕草を見せる。
「嫌だね、これからはテメーでなんとかしろ。俺、東京に転校するから」
「そりゃあ俺だってイザという時はやりますけど、やっぱ篤クンが……え?」
俺の言葉があまりにも爆弾すぎたのか、誠の目が点になった。
「ちょ、どういうこと? え、東京って、マジで!?」
「言ってなかったっけ? 来月から東京行くんだわ、俺」
「聞いてないよ!! え、なんで急に? どういうこと?」
「どういうことって言われても、親の仕事の都合だしなぁ」
それは突然決まったことだった。
全国に支店を出している企業の九州支店長だった親父が、昇進と同時に東京本社勤務になることが決まったため、俺は東京の高校へ転校することになった。
予め決まっていたことで、もう転入学試験も受けている。
「マジかよ、小倉残ってくれよー。あ、そうだ俺ん家に住むってのはどう?」
「アホか、テメーん所の母ちゃんが俺を住まわせるわけねーだろ」
「ううぇ~、俺嫌だよ篤クンが居なくなるの」
「だぁーもう、泣くな気色悪い!!」
誠は俺にしがみつき、大粒の涙を流していた。
強面のヤンキーが男泣きする様は実に鬱陶しい。
「……たまに帰ってくるから泣くんじゃねーよ」
「うぅ、約束だよー篤クン?」
そうは言ったものの、東京から小倉って遠いから面倒くさい。
金もかかるし、多分だけど高校生のうちに帰ってくることはないだろう。
「じゃ、俺は用事あるから行くわ」
「用事? ラーメン食いに行こうよ?」
「ちょっと外せない用事なんだわ。わりーけど、また今度な」
誠の腕を振り解き、誠を置いて俺は歩き始めた。
「ちょっと篤クン!? 用事ってなんだろうな……」
悪いけど誠、それはお前はもちろん、誰にも言えない用事なのだ。
俺、青木篤は見ての通り、ヤンキーである。
制服の学ランは短ランにボンタン、エナメルの白いベルトにトンガリ靴、そして学生カバンは薄く潰したもの。取っ手には白テープを巻き、売られた喧嘩は買うということを示している。
髪型は黒髪を後ろに流したオールバック。
本当はリーゼントにしようかと思ったが、セットが大変なので朝の時間がない時でも簡単にセットできるオールバックにした。
令和の今、時代錯誤な昭和のヤンキースタイルなのは俺のこだわりである。
ビーバップハイスクールという漫画に憧れを抱いた結果である。
━━というのは表の俺の姿。
実は俺、誰にも言えない趣味がある。
それは家に帰り、自室に入ってから始まる。
帰宅して制服を脱ぎ、部屋着に着替えてからパソコンの電源を入れる。パソコンが起動すると絵画ソフトを立ち上げ、タブレットのペンを片手に作業を開始する。
何をしているか、見ての通り絵を描いている。
「そろそろ卒業シーズンだし、ゆかりちゃんで卒業式っぽい絵でも描くか」
そう呟きながら大まかな構図は既にイメージとしてあるため、それを絵として表現するために筆を進める。
ちなみにゆかりちゃんとは最近放送された深夜アニメのヒロインで、天然で可愛い系のキャラクターであり、俺の推しでもある。
もうお分かりだろう。
俺の裏の姿、誰にも言えない趣味。
━━実は隠れオタクで、SNSフォロワー数約二十万人の絵師なのだ。
ぶっちゃけグレる前から絵を描くのは好きだった。
小学生の頃から当時流行ったアニメのキャラクターを模写していたし、アニメや漫画は昔から大好きだった。
色々あってグレてしまったが、これだけは今でも変わらない。
━━だからこそ誰にも言えない趣味というわけだ。
考えてみて欲しい。
好きな絵柄でめちゃくちゃ性癖に刺さる絵を描いている絵師が、フォロワー二十万人を越える有名絵師の中身が、世間的に蔑まれるヤンキーだったとしたらどう思われるだろうか。
少なくとも好意的な感情は抱かれないだろうし、下手したらSNSが炎上する。
それどころか現実でも生活にも影響が出かねない。
かつてそういうことがあったからこそわかっているつもりだが、俺が可愛い女の子の絵を描いているということが知れ渡れば、たぶんめちゃくちゃ周りからバカにされると思う。
じゃあヤンキーやめればいいだろって思うかもしれない。
それは実際そうだし、俺だって隠れて趣味を楽しむよりは、他のオタク達のように趣味を語り合える友達が欲しいと思っている。
だけどヤンキーをやめる気はない。
今更引っ込みがつかないし、俺は俺でいたい。
転校を機にイメチェンしてもいいかもしれないが、髪下ろすと根暗に見られそうな気がして、気持ちの問題だけどそれには抵抗感を覚えている。
だからせめて卒業までは不良を貫く。
その後の事は知らん。多分、就職すると思う。
「俺が実はめっちゃオタクだって事、死ぬまで誰にも言えねーよ……」
細心の注意を払って日頃過ごしているため、幸い今のところバレてはいない。
恐らく東京に行っても今のように気を付けていればバレないだろうし、この秘密は墓穴まで持っていく覚悟だ。
転校。
東京。
何が待っているのか俺にも想像はつかない。
そしてこの時の俺はまだ気づいていなかった。
━━この転校が人生の転機になることを。
見た目ヤンキーだけどめちゃくちゃオタクって人、意外といますよね。
という思いつきから書き始めました。完走目指して頑張ります。