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望まれていない王太子 4

エピローグ後と過去話。フィーギス殿下視点。

全5話です。

 その日からは怒涛(どとう)の四年間の始まりだった。


 手始めに島都学園で人心を掌握していき、多くの人から次代の王として慕われるよう故意に動いた。成績も武術も最優秀かそれに近い順位をキープし、そのうち生徒会会長なんて任されるようになった。正直そんな暇はなかったが、それでも会長として慕われるように、役目は(おこた)らずきちんと(こな)せていると思う。


 幸い、人の機微を感じ取るのも話術で絡め取るのも昔から得意だ。社交界の縮図のような学園程度、そうやって掌握出来なければ今後の作戦にも障る。


 強いて言えば人に好かれたものの、当のフィーギスは貴族や人間そのものをあまり好きではなかったので、その点だけ苦痛を伴ったが、案外慣れるものだった。


 それから社交だって今まで以上に精力的に(こな)し、大人の支持も集めて王太子という地盤をより強固にしていく。現妃派からの警戒をヒシヒシと感じたが、手を出せるものなら出してみろ。自分は王太子として国王に選ばれ、王鳥に認められたんだと匂わせて黙らせた。まあ完封は出来なかったが、結果的に間引きが出来たのでよしとしよう。


 公務だって引き受けられるだけ引き受けて視察にも赴き、民衆に積極的にこの身を晒し、王太子で次代の王は自分だとアピールした。


 ついでにオーリムの故郷探しで集めた情報の中から気になった部分を修正し、いらないものは徹底的に排除していく。

 国全体が、少しでもいい風に変わってくれればいい。役割を(こな)すうちに、気がつけばそう願うようになっていた。


 多分、初めてオーリムと会った時の衝撃がまだ抜けきらないのだろう。あんな風に生きなければならない子がいて、それを見逃す自国を許せそうもない。


 意図した事ではなかったが、ここに来て王太子で次代の王という自覚が芽生え始めていた。その自覚のままに振る舞い、王太子としての人気はすこぶる高くなっていく。


 これらの行動が王太子として、次代の王になる為の下準備だとすればこれ以上ない最適解だった。ただし、フィーギスの狙いは残念ながら、それではないのだが。


「やあ、リム。久し振りだね」


 多忙の合間に近くに寄ったからという理由でこの大屋敷にやってきたフィーギスは、中庭のベンチで片膝を抱えて座るオーリムに、片手を上げ挨拶をする。

 オーリムはチラリとこちらを横目で見て、また遠く空を眺めるだけだった。


「……ああ」


「昨日まで視察に行っていたのだよ。お土産もあるから王と二人でお食べ。ロムとアミーの分は別で渡してあるから」


「……ありがとう」


 ラトゥスとは違う淡々としたやる気のない生返事に、小さく溜息を吐く。これは、さっさと切り札を出すべきか。


「そうそう、最新のセイドじょ」


 全てを言い切る前に、空気が張り詰めてピリッとした強い殺気を感じた。一瞬の後に喉元に突きつけられたのは槍の穂先。その槍を目で辿っていくと、射殺しそうな程強く睨みつけてきていたオーリムと視線が絡んだ。


「もうセイドに余計な探りを入れるなっ‼︎」


 くしゃりと泣きそうな顔で悲痛な叫び声をあげるから、もう押し黙るしかない。


 ソフィアリアの調書を渡した時はあんなに幸せそうな表情をしていて、その事に満足して別れたはずなのに、次に半季ほど経ってここに来ると、不幸を煮詰めたような暗く無気力な表情へと様変わりしていた。プロムス(いわ)く、次の日にはこうなっていたらしい。


 なんでも今まで王鳥も代行人も生涯独身で、結婚した例は一度もないと知ってしまったのだとか。

 史上初の王鳥と代行人の妃――王鳥妃(おうとりひ)とでも名付けようか――は、史上初の自分の意思がある代行人である自分と似た様に生涯蔑まれる事になるだろうと考えてしまったようだ。


 普通の貴族として結婚し、普通に幸せになれるはずのお姫さまを、自分のわがままでそんな目にあわせる訳にはいかないから、結婚するのは諦めたというのがオーリムの言い分だった。

 基本政略的な結婚を半分義務付けられている貴族のご令嬢が、結婚して必ず普通に幸せになれるかとか色々と反論はあるのだが、それでもオーリムの言うように王鳥妃(おうとりひ)とは茨の道で、かなり難しい立場に立たされるのは本当なので黙っていた。まさか色々浮ついていたオーリムが、その事まで気付くとは思わなかったのだ。


 溜息を吐いて、殺気をやり過ごす。


「わかったわかった。もう言わないから刃を突きつけるのはやめてくれたまえ。私はこんなところで死ぬ訳にはいかないのだよ」


「……すまない」


 フッと槍を消して、また片膝を抱えてぼんやり空を眺める。目も表情も、すっかり何も映さなくなってしまったなと思った。


 時間があれば勉強だの訓練だのやる気に満ち溢れていたのが遠い昔のようだ。今もしているようだが、目標を失ったので積極的ではないらしい。


 その事が寂しかった。そして、オーリムの気持ちが痛いほどよくわかる。


 だってフィーギスも、この大屋敷に来る前は似た様に失意を抱えて、希望もなく生きていたのだから。


 だからだろうか。オーリムを救いたいと願ってしまうのは。自分がここに来て人並みの楽しみを感じられたように、オーリムも立ち直ってほしいと思うのかもしれない。

 自分がここに来られたのは、王鳥とオーリムのおかげなのだから。それにまだ、罪悪感や恩義だって残したままだ。


 そしてオーリムの願いは、決して手が届かないものではないのだとわかっていた。


「……私からはこれで最後にするけど、君のお姫さまの事、本当にいいんだね?」


「…………いい」


「そう。なら、よかったよ」


 せっかくだしニッと笑って、オーリムでも考えついていない現実でもぶつけてやろうかと思った。悲しくもままならず、堪えて待つだけの現状に対するただの八つ当たりだ。


 諦めを肯定された事がないオーリムが目を見開いて、顔を上げる。自分で拒絶しておいて、何をそう傷付いているのか。


「貴族達からの目もそうだが、セイド嬢は男爵令嬢だ。それも男爵家の中でも更に末席。そんな娘が位だけは王族の上、この国の女性最高位に立たされるのだから相当難しい立場になるだろうね。似たような君はそれでも王から力を分け与えられているからいいさ。けれど、セイド嬢はおそらく違うね? ただの人間のまま、君と同じ立場に立つ事になる。そうだろう?」


 そう言うとサッと青ざめていたので、更に畳み掛ける。夢見心地な頃は酷な事だと言わなかったが、出来れば知っておいて欲しかった。その方が後の為だ。


「それに、王や君を害そうとする人間が居た場合、真っ先に狙われるのはセイド嬢だ。だって彼女は神である王や代行人であるリムとは違い、何の力も持っていないただの人間の女性で、害するのは容易だし君達の弱点になる」


「それはっ!」


「違うというのかい? 私より戦闘に関する知識を持ち合わせているのだから、そのくらいわかるだろう?」


 そう言うとグッと息を飲み、黙ってしまった。


 オーリムは人からどういう目で見られるかという事ばかりに気を取られていたようだが、フィーギスにしてみればそんな事はどうでもいい。

 よほど万人に愛されていなければ気が済まないという気質でもなければそのうち慣れる事だし、親しい人に好かれてさえいれば、自ずと気にならなくなる。


 フィーギスが最も深刻に考えているのは、物理的な危害が及ぶ場合だ。ソフィアリアを直接狙う場合はもちろんの事、王鳥やオーリムを狙いたい場合も真っ先に狙われるのは二人の最愛であるソフィアリアになるだろう。仮にだが、フィーギスがよからぬ事を企んだ場合はそうする。だって彼女は三人の中では唯一何の力も持っていない普通の女性で、言ってしまえば狙いやすいのだ。


 そこまではいい。フィーギスだってそれは仕方ないと思うし、諦められる。危害が及ばないように、王鳥とオーリムに頑張る事を願うだけだ。


 けれどそれで一番怖いのは万が一ソフィアリアが害された場合、人間であるオーリムはともかく、王鳥や大鳥がどのような行動に出るのか全く予想がつかない事だ。

 彼らは本気を出せば人間を全て駆逐する事すら容易い神様だ。鳥の姿を模していようが、人間とは格が違う存在なのだと、近いからこそよくわかる。


 が、ソフィアリアを害するような短慮な人間はそんな事思いもしないだろう。なまじ鳥の姿だから油断するに違いない。


 だからこそ怖いのだ。三人の中で一番安易に害せる存在は、一番触れてはならない存在とも言えるが、一番(もろ)い。

 危害を与えた人間にだけ報復の目が向けばいいが、これが人間全体に憎悪を向ければどうなるか。国どころか世界を(また)ぎ、人間という人間を駆逐し尽くすだろう。


 そんな事を実際にやってしまう可能性が高いのは、この大鳥が住むビドゥア聖島の人間だ。大鳥は貴族を基本嫌うし、この国の貴族の方も近くにいながら縁遠いが故に、どこか()めている節がある。


 フィーギスが調整役として間に立たされてよく理解した事だが、考えの足らない貴族なんかは特に大鳥を支配出来る気でいるのだから、開いた口が塞がらない。

 そういう大鳥を支配したいと願う奴らも、きっとソフィアリアを人質に取るだろう。


 だから人の目なんかよりも、危害を加えてくる人間の方がずっと怖い。彼らは自らの行動が世界から人間を滅ぼす可能性なんて、きっと思いつきもしないのだから。


「……フィーはずっと、俺の願いに反対だったんだな」


 オーリムがようやく口を開いたと思えば、辛そうな声でそんな事を言い出すのだから溜息を吐く。そして首を横に振った。


「まさか。心の奥底から君には大切なお姫さまと幸せになってほしいと願っていたよ。私は止めるような素振りを一切見せなかったはずなのだけれどね?」


「だったらなんでっ!」


「どんなにセイド嬢が集中砲火を浴びようと、王と君の力を持ってすれば跳ね除けるのは容易いと信頼していたからだよ。特にリムは、武術の訓練は勉強より熱心だったではないか。だから、君が心の底からセイド嬢を迎えたいというなら安心して任せられた。……今の君のように中途半端に日和られると、それも難しいけどね」


 だからずっと、何があっても諦めないでいてほしかったのだ。そう願いを込めて見つめると、オーリムは困ったように俯く。こんな言葉で揺らぐほど、その葛藤は薄い物ではないのだろう。


「そして、万が一でも物理的な矛先が向かないように人間に言い聞かせるのは、私の役目だよ。向ける感情を変える事は難しくても、実際に危害を与えないように仕向ける方法はいくらでもあるんだ」


「……そんな方法あるのか?」


「あるよ。私はその為に頑張っているからね」


 ふわりと優しく笑ってそう言えば、オーリムは目を見開く。何をする気だと尋ねられる前に、向こうからプロムスとラトゥスがやってきて助かった。これ以上余計な事を話さずにすみそうだ。


『ほう? なら、お手並み拝見といこうか?』


 と、ストンと側に王鳥も着地する。ニンマリ見透かすような目で見つめられ、頰が引き攣るのを必死に耐えてニッと笑ってやった。


 彼は気難しく、相変わらずどこか恐ろしいので、虚勢を張って強気に出るのが一番いいと学習した。やり過ぎると痛い目を見るが、敬うのはともかく媚びへつらうのは違うだろうと思う。きっと王鳥もそんな事望んでいない。


 長く時間を共にしているが、王鳥の考えだけはいまだに掴めなかった。


「期待には応えるよ。……命を賭けてでも、ね」


 一瞬表に出そうになった仄暗い(かげ)りは打ち消してそう決意すると、すっと王鳥から目を逸らした。これ以上見つめられると、バレそうな気がしたのだ。


「だからリムももう一度よく考えたまえ。いつまでもそんな顔していたら、私達だって気が気ではないよ」


「…………それでも俺は……」


 少しでも考え直してくれないかと期待したが、やはりまだ難しいようだ。


 まあ、どうせオーリムが拒絶したところでお姫さまへの気持ちを捨てられない限りは無駄な足掻きなのだろうけど。

 だってオーリムが好きなものは王鳥だって好きになるのだ。そして王鳥はオーリムのように悩みも葛藤もなく、手を伸ばす事に躊躇いを持たない。オーリムが諦めようと、王鳥は諦めないだろう。


 だからその日がいつ来ても大丈夫なように、フィーギスは一日でも早く支持を集めて作戦を練り、待っていればいい。


 その時が来たら、ようやくフィーギスは――




本編での優秀で慕われる王太子殿下が出来るまで。

性格は捻くれて自己肯定感低めですが、彼は相当ハイスペックです。


ソフィアリアもそうですが、フィーギス殿下とあと王鳥もかな?

オーリムの存在は色んな人の意識を変えるような強い影響を及ぼしております。

その辺は立派な主人公をしておりますが、ヒーローとなると思春期のボーイだからね……

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