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望まれていない王太子 2

エピローグ後と過去話。フィーギス殿下視点。

全5話です。

 立太子を済ませたフィーギスは、今日も今日とて大鳥と人間の架け橋となるべく、大屋敷にやってきて公務に明け暮れている。


「リムー? おーい、どこだーい?」


 木の後ろに茂みの中、建物の影にベンチの下。フィーギスは己の役割を果たすべく大屋敷内を隈なく見渡し、探し人を懸命に捜索していた。


「リムくんやーい」


 花壇の間、不思議な木の上、物置の中……


「薄々気付いていたけど、これ公務でもなんでもなくないかなっ⁉︎」


 深く考えないようにしていたが、冷静に考えてこんな公務があってたまるかと思う。こんなのただのかくれんぼではないか。


 ――きっかけは初めてラトゥスを連れて大屋敷に来た途端、玄関でプロムスに捕まった事だった。


「おっ、フィーじゃん! ちょうどよかった。おまえにリム探しの手伝いをさせてやる!」


 開口一番ニカっと笑ってそう言い残し、自分はアミーの手を引いて建物内を探すらしく、行ってしまった。

 呆気に取られているうちに肩を叩かれ、振り向くといつもの無表情でラトゥスが見ていた。


「フィー、代行人様探しならこれも公務だ」


 それだけ言うと、東側の外を探索するらしいラトゥスも行ってしまう。思考停止し、そうか公務なのかと流された所で今に至る。一応国王陛下の次に位が高い自分に、ああもラフに命令してくる人が今までいなかったのでつい乗ってしまったが、色々おかしい。


 何やってるんだろうと溜息を吐き、とりあえず他のみんなを探そうとした所で。


「っく。ぐすっ。帰せよぉ」


 その探し人を見つけてしまった。隠れ場所に選んだのは、噴水の陰だったらしい。見つけた瞬間、すとんと側に王鳥も姿を現す。

 タイミングがいいのか悪いのか。もう一度溜息を吐き、泣いているオーリムの側へ寄った。


「ここに居たのかい? 皆が探していたよ」


 笑みを浮かべて優しくそう声を掛けるも、泣き止む事はなく途方に暮れる。厄介な大人(タヌキ)の相手は最近出来るようになったが、泣いている子供の対応なんて未経験だ。


 そもそもどうしてこんな事しなければならない? 彼はフィーギスと同じ年だと言うし、自分より位が上だ。

 それに命の危機に晒されている訳でもないし、あの姿の惨状を見れば、元いた場所でもそういい生活はしていなかったと思う。その点、ここに居れば人間らしいまともな生活を送れるではないか。


 笑顔は崩さなかったが、甘えの強いオーリムの姿勢に、内心イライラを抑えきれなかった。


『はっ。其方(そなた)もその程度か。本当、人の王とはこうも退化するか。余らは何故こんな卑小(ひしょう)な人間なぞを守護せねばならぬのだろうな?』


 馬鹿に……というより明らかに蔑んだ物言いに、ついカッとなって王鳥を睨んでしまう。


「……そうさ。私はこの程度の人間だし、次代の王なんてなりたくなかった。誰にも望まれず、ひっそり消えるだけのいらない人間だったのに、王鳥様が次代の王なんて勝手に決めたせいで状況が変わってこんな事になって、ウンザリしているのだよ!」


 つい今までの不満を曝け出し、ぶつけてしまう。その声にオーリムがビクリと身体を跳ねさせたが知った事か。


 しばらく王鳥と睨み合ったまま、時が流れる。


 やがて王鳥は目を細めて「プピー」と小馬鹿にしたように鳴いた。


『おかしな奴よのぅ。ラズにはここでなら人間らしく生活出来るのだから、泣かずに役割を全うしろと怒りを抱くくせに、自分は人間らしく生活出来る場所に居ながら、役目を放棄して死にたかったと申すのか』


「っ! あんな毎日命の危機を感じる場所で、人間らしく生活出来る訳ないではないかっ! それに私は、誰にも何も望まれていなかったのだ!」


『ラズの披露目から目を逸らした其方(そなた)が、あの状況を歓迎と受け取るか。節穴も大概よの』


「違っ⁉︎」


 グッと唇を噛み締める。落ち着こうと大きく深呼吸して、その息が震えている事に泣きそうになってしまった。

 俯いて、己の不甲斐なさを情けなく思う。冷静になればその通りだからだ。ただ、オーリムは人目を気にせずに素直に泣く事が許されているだけ。

 多分それが羨ましくて、妬ましかったのかもしれない。


「あーっ! おい、王鳥! 今度はフィーまで泣かしたのかっ⁉︎」


 と、そうしているうちにアミーの手を引き、ラトゥスを伴ったプロムスがこちらに駆けてくる。プロムスは二人を護るように王鳥との間に立つと、ビシッと指を指した。


「なんで自分で連れてきた奴をわざわざ泣かすんだっ! いじめなんてするなよ!」


『余はそんな事しておらんわ。まったく、プロムスも余のする事に毎度毎度口出ししてきおって』


「今日は連れて帰るからな! 反省して、明日こそ泣かすなよ! ほら、行くぞリム。フィーは……そういや、あんた誰だ?」


 プロムスはオーリムの手を引いて立ち上がらせると、アミーとオーリムで両手が塞がってしまい困っていて、ふと当然のようについてきたラトゥスに首を傾げる。そういえばラトゥスは今日初めて来たし、初対面だ。


「ラトゥス・フォルティス。貴族でフィーの側近だ。ラスでいい」


「ふーん? んじゃ、お前も今日からオレの子分な! オレはプロムス。ロムでいいぜ」


「子分……そう言われたのは初めてだ。わかった、よろしく頼む」


 生真面目に受け入れて頷いていた。案外喜んでいるらしい。基本的に無表情で淡々としているが、あれでノリが良くて少々天然な奴なのだ。


「んじゃラス、フィーの手を引いてついて来い」


「わかった」


「いや自分でついていけるからねっ⁉︎ ラスも真面目に受け取らないでくれたまえっ!」


 ――そう言ってプロムスに連れられてやってきたのは、前回来た時にオーリムと初めて会った食堂だった。とりあえず座るよう促され、プロムスは厨房の方へ向かう。


「たいしょー、リムの客が来てるから飲み物となんか菓子ー。ホットミルク四杯と、リムはりんごジュースな」


「代行人様に客? 一体誰だってんだ? つーかおまえも食う気なら手伝え」


「おー。フィーとラスは……えっと、おーじ様とその側近とか言ってた。貴族なんだって」


「はあっ⁉︎ おまっ、なんて御方連れて来やがるっ⁉︎」


「ロム、料理長。私も手伝う」


 ……なんだか厨房の方で騒ぎになっている気がする。これは挨拶に行くべきか、騒ぎを大きくしない為にも客人に徹するか、ラトゥスと顔を見合わせる。


 とりあえずオーリムがまだスンスン鼻を啜ってポロポロ泣いていたので、せっかくだし話を聞く事にした。前回も挨拶しか出来なかったし、調整役として人となりは知っておくべきだろう。


「えっと、リム? 君は帰りたいと言っていたが、そもそもどこから来たんだい?」


「ひっく。……スラムって聞いた」


 スラムは土地の名前じゃない。その返答に困って、眉間に皺を寄せながら再度尋ねる。


「地名は?」


「ちめい? 知らない」


「親はどうした?」


「親なんて、村のきれいな人間にしかいないもんだろ?」


 ますます眉間に皺が寄る。とりあえずわかった事はオーリムはスラムの孤児で、まともな教育を受けていないという事だけだった。

 そもそも子供が孤児院に預けられずにスラムで暮らすとは相当だ。フィーギスが知らないだけで、この島でもこういう子供がまだまだ多く居たりするのだろうか。


 いずれこの国を統治する事になるフィーギスは、その事実を憂いていた。


「おまたせー。……ん? どうした、難しい顔して」


 プロムスがカートを押して戻ってきた。後ろのアミーも首を傾げている。


「ああ、リムからどこに住んでいたのか聞いたのだよ。しかし、どうやら知らないらしくて困っていたのだ」


「あー。まあ毎日生き延びるのに必死なんだから、自分がどこに住んでるかなんて把握してなくでもしょうがないかもな。そんな事知っててもどうしようもないし」


 さも当然の様にそんな事を言われて衝撃を受ける。プロムスがそういう事態をしょうがないと受け止めるくらい、よくある話なのか。どうやらフィーギスはこの国の事をまだまだ把握出来ていなかったらしい。

 それなり以上に勉強し、優秀と誉めそやされてこの有様だ。先程王鳥に八つ当たりした事といい、なんだか自分がとんでもなく無能な気がして俯いた。


 そんなフィーギスの前にマグカップと、ジャムのかかった手のひらサイズのパンケーキが置かれる。ほかほかと湯気が立っていて目をぱちくりさせた。


「……これは?」


「ん? おーじ様ってパンケーキ食わねぇの? まあ出来立てが美味いから食ってみろよ。落ち込んでる時は、あったかくて美味いもんでも飲み食いすれば落ち着くぞ」


「パンケーキは知っているが。……毒味はしないのか?」


 ラトゥスが当たり前の事を言ったつもりだったが、プロムスにはポカンとされ、アミーには首を傾げられる。


「ここに悪いものなんて持ち込めないわ。大鳥様に外にポイってされるもの」


「そうかい。……そういえば厳しい検問があったね。なら、そのまま食べても大丈夫なんだね?」


 とはいうものの、毒味を通さずに湯気の立つ出来立ての料理なんて人生初だ。なかなか勇気が出なくて、ついゴクリと喉を鳴らす。


「……僕がしようか?」


「いや、必要ないよ。大鳥様が護ってくださっているのだから、問題ないだろう。……いただきます」


 意を決して、小さく切ってパクリと頬張る。するとほかほかのふわふわという今まで食べた事のない食感にキラリと目を輝かせた。


「美味しい……!」


 次はマグカップに手を伸ばす。中身はミルクらしく、グイッと飲むと唇と舌にジワっと刺激を感じ、思わずビクリと身体を揺する。


「コラ。熱いもん一気飲みするとヤケドするだろ」


「そうなのかい? 私は温かい食事なんて初めて食べるから、知らなかったよ」


 フィーギスがそう言うと、ラトゥスもコクコク頷いて無言で食べ進めている。温かい食事が気に入ったようだ。


「……熱いのは食べないの? スープとか、熱くないとしょんぼりしてしまうわ」


「私達王侯貴族が口に入れる物は全て何人かの毒味を挟むからね。だから私達が食べる頃には大体冷たくなっているのだよ」


「うげー、マジか。お貴族サマってのは大変なんだな。あっ、だったらゆっくり飲み食いしろよ? 急に熱いモン腹に入れたらビックリして痛くなるぞ」


「わかった」


 そこからは黙々とパンケーキとホットミルクに舌鼓(したづつみ)を打った。プロムスは世話焼きなのか、オーリムを中心に全員を注意深く見ている。

 彼に子分認定されたが、あれはこき使うというより面倒を見るぞって意味だったのかもなと思った。誰かの庇護下に入る経験はあまりなかったので、それが少し(くすぐ)ったい。


 やがて小さなパンケーキを名残惜しくも食べ終わって気分も落ち着いた頃、少し冷えてしまったホットミルクを飲みつつ、オーリムの事を聞いた。


 彼は言った通りスラムの孤児で、毎日食う物に困って盗みもやっていたそうだ。そのあたりはややこしい事になるので、聞き流す事にした。プロムス(いわ)く、オーリムみたいな子供は島都はずれにも意外と居るという。その事に驚いて言葉が出なかった。


 そこで綺麗なお姫さまと出会い、優しくしてくれたのに酷い言葉を言って別れてしまったらしい。城に謝りに行く途中で王鳥にここに連れて来られ、帰してくれないとまた泣きながら訴えてきた。


 姫と城と言われて首を傾げる。この国にある城はフィーギスの暮らす王城だけで、王家には現在王女はいない。まあこのあたりは領主の娘か金持ちのお嬢様なのだろうというのがラトゥスの見解だった。

 家名はわからなかったが、ソフィアリアというあまり広く使われていない名前がわかるのだから、フィーギスの力をもってすれば、案外すぐ見つかるだろう――その考えは残念ながら打ち砕かれる事になったが。


 オーリムの言葉を聞いて憤慨(ふんがい)したのはプロムスだった。アミーとオーリムの手を引いて、フィーギスとラトゥスもついてくるよう言って王鳥の所へ向かう。


「王鳥っ‼︎」


 広場についてプロムスはそう声を荒げると、王鳥はどこかで聞いていたのかすぐに姿を現した。そんな王鳥に果敢に立ち向かい、キッと強く睨みつける。


「おまえ、自分が何やってんのかわかってんのかっ⁉︎ リムを攫うだけ攫って雑に扱って、ささやかな願いの一つも叶えない! それでも神様かよっ‼︎」


『神だが? 余がいつ雑になぞ扱った。仕事は余が代わりにしてやっておるし、大半は自由に過ごしておるではないか』


「王鳥様は雑に扱ってるつもりはないってさ。仕事は王鳥様が代わりに担っているし、大半は自由に過ごさせているって」


 プロムスには王鳥の声は聞けないはずなので、とりあえず通訳する事にする。プロムスはますます目尻を吊り上げるし、王鳥はそんなプロムスを蔑むように見つめるし、大鳥と人間の調整役を任されて早々こんな事をさせられるとは、正直予想外だ。


「雑に扱ってないならなんで毎日泣かされてんだよ! あとまたここに連れ帰ってきてもいいから、謝りに行くくらいは許せ!」


『……いい加減鬱陶しいのぅ。一度痛い目見せないと理解せぬか?』


 すっと王鳥が目を細めると、ピリッと空気が張り詰めてゾワっと震えが走る。その事に危機感を抱いて、慌てて止める事にした。


「まっ、待ってくれたまえっ! その、王鳥様。確かに毎日泣き暮らしていて、王鳥様が仕事を担わなければいけないような子供には、代行人には不向きだと思うのだよ。だからもう少し御しやすい人間の方が」


『ほう? 其方(そなた)はラズの意思を押し潰して、元来通りただの人形にせよと望むか?』


「いやっ、違う! 例えばだが、リムは帰して別の方を選ぶのはどうだい? その方が君も楽が出来ていいと思うのだが」


 引き攣った笑みを浮かべながら、なんとかそう交渉する。正直弱りきった子供――同じ年なはずだが――が泣いて訴える切実な願いを叶えてやりたいという想いが先行し過ぎている気がするが、出来れば助けてやりたかった。

 それに、オーリムがこのまま代行人をやれば、いずれまたお披露目の時の様に、王侯貴族から蔑みの目で見られる事は必須だ。スラムの孤児という不遇な生まれの子供が、覚悟も出来ないまま更にあんな目にあうなんて、居た堪れないし痛ましい。


 もしかしたら少し、不遇な身の上話を自分の境遇と重ねて同情したのかもしれない。それに、オーリムもいずれこの国を統治するフィーギスが護らなければならない民の一人だ。


 だがダンっと肩に強い圧力を感じ、思わずその場にしゃがみ込む。何が起きたのかわからずに、真っ青な顔で王鳥を見上げる事しか出来なかった。


『余の選別を不満だと言うのか? ラズでなければ操り人形にしてよいと? はっ、とんだ身内贔屓な次代の王がいたものだな。公平さすら持ち合わせておらぬような人間が今の王族ではマシな方とは、聞いて呆れるわ』


 その言葉に、何も言い返す事は出来なかった。




ちょっとだけ王子として未熟だった頃の話。

王太子に選ばれるまでは離宮でそこそこの勉強しかさせてもらえなかったので、最初は優秀でも何でもありませんでした。

教育係夫婦が存命なら違ったのでしょうが。


あとあんな境遇で育てば捻くれるよねっていう。

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