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望まれていない王太子 1

エピローグ後と過去話。フィーギス殿下視点。

全5話です。

 鋭い突きは紙一重で(かわ)したものの、踏ん張った足を引っ掛けられて体勢を崩す。

 そんなの反則だろうと心の中で舌打ちをし、倒れる自分を追うように振り下ろされた刃を、冷静に見ている自分がいた。

 近衛騎士団長に筋がいいと褒められたとか、学園の剣術大会で常に優勝や高順位をキープしていたと言っても所詮その程度。本物の戦闘では勝てるはずもない。


 空と刃を見ながら、ふと似たような事があった当時言われた言葉が蘇る。


 ――おまえなんか生まれるべきではない人間だったのだ――




           *




 フィーギス・ビドゥア・マクローラ。このビドゥア聖島に生まれた第一王子で、この国の国王陛下と筆頭貴族であるホノル・フォルテス公爵家の長女レギーナから生まれた確かな血が流れている。

 王家の証である黄金の髪と水色に近い青い瞳を正しく継承した、見た目だけでも由緒正しい王族だとわかる彼は、だが産声をあげたその瞬間から、誰よりも不遇の立場に立たされた。


 その生誕を喜ぶはずの母のレギーナは赤子を抱く事もなくこの世を去り、父であるはずの国王は報告を受けたものの母子共に無関心を貫き、いつものように政務に明け暮れていたらしい。


 そしてレギーナの喪が明けると、まるでそれを待ち侘びていたかのように側妃のマーレが正妃の座に着いた。彼女こそが、国王陛下の寵愛を一身に受ける妃だったのだ。


 第一王子であるものの、国王陛下から無関心で寵愛を受けなかった前妃の子であるフィーギスは、まもなく離宮に捨て置かれる事となった。


 そしてその間に王城の王妃の部屋へと移り住んだ現妃は、三人もの王子を産んだ。


 それもあって誰からも顧みられないはずのフィーギスは、だが幸運な事に側にいてくれる人達がいた。


 うち二人はラトゥス・フォルティスとその母。ラトゥスは同じ歳の乳兄弟で、その母は亡くなったレギーナの遠縁で、レギーナを特に可愛がっていた人らしい。

 そこそこ高貴な生まれでフォルティス伯爵夫人という立派な身分もあるのに、生まれる前から乳母になると言って聞かなかったそうだ。その念願が叶い、彼女は自分の子であるラトゥスと、レギーナの子であるフィーギスを、この離宮で立派に育てあげた。

 そんな乳母はフィーギスが四歳の頃に病に侵されてしまい、命に別状はなかったものの、夫からの要請で離宮から離れる事になった。夫人はそれはもう嫌がっていたが、その気持ちだけでも充分だ。


 それでも母子は通いではあったが、フィーギスの側から離れなかった。当時はその事に随分と救われたのだと思う。


 もう二人はフィーギスの教育係の夫婦だった。

 夫は学園の元教師、妻は礼儀作法を教える先生をしていて、二人はフィーギスとラトゥスに教育を施すのと同時に、フィーギスの親のように愛情を与え、慈しんでくれた人達()()()

 だがそんな彼らは十一年前、フィーギスが六歳の時に旅行先で馬車が海に転落し、亡くなった。

 それが事故ではないと知っていたが、当時六歳だったフィーギスには何も出来なかったのだ。

 そして翌年、夫婦は水死体となって帰ってきた。


 その辺りからだっただろうか。フィーギスが自分の未来を悲観視し始めて、存在意義を見出せないようになったのは。


 自暴自棄になったフィーギスはラトゥスも離そうとしたが、決して離れる事はなかった。二人揃って何度か命を脅かされたが、今まで無事生還している。

 犯人なんてわかりきっていたが、力のないフィーギスではどうする事も出来ず、王子としての勉強を(こな)しながら鬱々と生きてきた。


 そんな日々を過ごして九歳になった頃、あの出来事が起こる。


 王鳥と代行人が今日から代替わりするらしく、王侯貴族の中でも特に重鎮が集められ、王城の屋上庭園で王鳥が新しい代行人を連れてくるのを待っていた。


 程なくして王鳥が連れてきたのは、薄汚れて痩せ細り、暴行の跡すら剥き出しの上半身や顔に見える少年だった。

 現妃やその息子達を筆頭に、その醜い姿に嫌悪感を露わにする。


 対してフィーギスは、その姿に衝撃を受けていた。


 このビドゥア聖島は王位継承問題では荒れているが、戦はなく平和で、大鳥が護っているので外敵を気にする必要がなく、治世は安定していると思っていた。いくら孤児でもこんな酷い姿で生きている人間が居た事に驚いたのだ。


 気を失っていた子供はやがて目が覚めて、けれど周りに見知らぬ人が、それも多くの蔑みの目に囲まれていたのに恐怖したのか、泣き喚きだした。

 品もなく、この汚い子供が今日から代行人として王侯貴族の上の位に立つのだ。無駄に自尊心の高い彼らがそれを疎ましく思っているのは明白だろう。


 フィーギスは悪意の視線に晒される姿を見ていられなくて、そっと視線を逸らす。彼らのように蔑む気持ちはなかったが、哀れだと思っていた。


 やがて王鳥が契約したのか、代行人は栗色の癖毛は王鳥と同じ夜空色のまっすぐと綺麗な髪になり、目は不思議な黄金の虹彩へと変化、更には全身にあった傷や汚れ、肌荒れも一瞬で綺麗になった。


 見た目だけは極上になったその奇跡を目の当たりにした王侯貴族は歓声を上げる。数秒前まで蔑んでいたのをなかった事にした彼らを、冷めた目で見ていた。


 まあそれも、長くは続かなかった訳だが。


「なんだよっ、これ……」


 あろう事か少年は代行人になれば意思がなくなるはずなのに、普通に喋り出したのだ。その事に場の空気は凍りつく。


 数千年という長い歴史の中で、そういった事例が今までなかったのだ。代行人選びに失敗したのではないのか、あの品もない子供がこのまま代行人として自分達の上に立つのか。そんな言葉が飛び交っていた。


 そんな調子だったから少年はまた泣き喚き、その姿にますます王侯貴族共は蔑みの目を向ける。堂々巡りだ。


 そしてそんな中、更に信じられない出来事が起こる。


『おい、次代の王。聞こえておるのだろう?』


 フィーギスの脳に直接語りかけてくるような声に驚いて、顔を上げる。


 そして目があったのは、なんと王鳥だった。


 フィーギスは教育を受けていたので知っている。たしかここ数代、王鳥と直接会話出来た王族は居なかったはずだ。なのにフィーギスは王鳥からの声が届いているではないか。


『ふむ。そなたは幼く立場が弱いのぅ。だが、余は次代の王にそなたを推そう。この中では幾分マシな王族であるからな』


 王鳥はニンマリと目を細めた気がした。王鳥の声が聞こえる事態と言葉にしばらく呆然と立ち尽くし、だがいつまでもそうしている訳にもいかないので、隣に立つ父に――国王陛下に話しかける。


「……父上、王鳥様の声が聞こえます」


「……何?」


「王鳥様が、私を次代の王だと仰っています」


 いつも無表情な父は、それを信じられないと言わんばかりの目で見つめてきた。そこでようやく、失態に気付く。

 誰にも声が聞こえないのなら、それを証明する術がない。このままでは嘘つき呼ばわりされるだろう。聞こえないフリをして黙っているべきだったか。


「まあまあ、この子ったら。この機に乗じて、なんて嘘をつくのかしらね?」


 案の定、しょうがない子と優しく諭す母のような顔をして現妃に(たしな)められた。だがその目は笑っておらず、侮蔑(ぶべつ)を含んでいるとわかっている。これはまた、暗殺が激化するのではないかと身震いした。


「…………いえ、なんでも」


「おい、次代の王。いつまで余を(ないがし)ろにする気だ? 寛大だからと言うて、ほどほどにせぬと余だって怒る事もあるぞ」


 否定しようとした矢先、妙に威厳のある子供の声が響き渡る。全員が注目を向けた先に居たのは代行人だった。


 先程まで泣き喚いていた彼は堂々と立ち上がり、ポケットに手を入れてフィーギスを冷たい目で睨みつけている。睨まれたフィーギスは瞬く間に全身硬直した。


 周りのみんなも突然の豹変に目を白黒させている。と、周りのざわめきが煩わしかったのか右耳の穴に小指を突っ込み、目を(すが)めながら言い放った。


「静まれ、人間共。誰の前でこうもうるさく(さえず)っておる」


 途端、ピンと空気が重く張り詰める。自然と、そうであるのが当然かのように、その場にいた全員が(ひざまず)いて代行人に(こうべ)を垂れていた。

 本能でわかる。あれがまさしく世界一の王で、誰も逆らう事が出来ない偉大な神だ。それを全身で重く感じ取っていた。


「まったく、(あなど)るのも大概にするがよい。で、次代の王」


「……はい」


「はっ、ここでようやっと認めるか。まあよい、余は寛大であるからな。其方(そなた)には余の(ちょう)を与え、此奴(こやつ)の面倒を見させてやろう。喜ぶが良い」


「……有り難き幸せでございます」


「うむ。では余らは大屋敷に帰ろう。また暇を見つけて尋ねてくるがよい」


 そういうと代行人――おそらく中身は王鳥だ――はヒョイっと王鳥に飛び乗る。


「……何故フィーギスなのだ」


 と、よく見ればこの場でただ一人、国王陛下だけは(ひざまず)く事も(こうべ)を垂れる事もなく、まっすぐ王鳥を見つめていた。

 王鳥と対等を崩さないその姿勢は、さすが人の王というところか。


 それが愉快だったのか、王鳥はニンマリと面白いものを見たかのような目で国王を頭上から見下ろす。


「今代からの其方(そなた)よりも、次代を担う其奴(そやつ)の方が付き合いは長くなるからな。此奴(こやつ)とも年が近いし、何も問題あるまい?」


「……そうか」


「っ! お、お待ちくださいませっ! 王子は何も、そこにいる子だけではっ」


 と、ここで王鳥に意を唱えたのは現妃だ。次代の王にフィーギスを指名したのが気に入らなかったのかそう吠えるも、王鳥はすっと一切の表情を消して現妃を冷たい目で見る。現妃は「ひっ」と短く悲鳴をあげた。


「誰が発言を許可した? (わきま)えも知らぬ下賤(げせん)な人間の声なぞ余に聞かせるでないわ。……不愉快だ、帰る」


 それだけ言うと、王鳥は代行人を連れて飛び立ってしまった。


 全身に重くのしかかる威圧は取り払われたものの、この場にいる全員が今あった事や言葉が信じられず、しばらくそのままの姿勢でシーンと静まり返る。


「……フィーギス」


「は、はい」


「王鳥からの指名だ。大鳥と人間の調整役はおまえに一任しよう。王鳥から仰せつかった役割を果たせ」


「ぎ、御意」


 それだけ言うと国王はいち早く去ってしまった。側近や侍従、護衛がその後に続いたのを合図に、ようやく解散の空気が流れて動き出した。


 フィーギスは立ち上がり、しばらくその場で呆然と立ち尽くしていた。そんなフィーギスの姿を貴族達は遠巻きに一瞥(いちべつ)し、去っていく。彼らは今後の身の振り方でも考えているのだろう。


 フィーギスだって色々と信じられない気持ちでいっぱいだ。数代振りに王鳥の声を直接聞く事が出来ただけでは飽き足らず、王鳥に次代の王と指名された。

 離宮に捨て置かれたフィーギスは決して王位につく事はないと――むしろ成人までに生きている事すらないと思っていたのに。

 それが短時間の間に状況が一変してしまった。色々とついていけない。


「平気か、フィー」


 立ち尽くしていたフィーギスを心配して声を掛けてきたのは、斜め後ろ――側近の位置――で控えていたラトゥスだった。振り向くと無表情で、でも目だけは心配だと訴えかけている。


 フィーギスは安心させるよう、無理矢理口角を上げた。ラトゥスにはバレるだろうが、体裁を保つのは大事だ。


「ははっ、平気だとも。いやはや、随分と大事になったねぇ。離宮で慎まやかに暮らしていたのが嘘のようだよ。さて、戻って大屋敷に先触れを出し、早々に伺わないといけないね?」


「そうだな。さっそく出しに行くか」


 そう言って二人は歩き出す。


 その後ろ姿を恨めしそうに見ている人物がいた事は察していたが、決して振り向いてやらなかった。フィーギスとて、現妃(かのじょ)には散々辛酸を舐めさせられてきたのだから。




 ――フィーギスが王鳥の声が聞け、大鳥との調整役の一切を担うと広く宣言されたのは翌日の事。

 そして王鳥に次代の王と認められたフィーギスが立太子する決定が下されたのは、この日からわずか一週間後の事だった。




本日より本編でなかなかの奇行に走っていた(ような気がする)フィーギス殿下の過去編です。

金曜日まで毎日投稿します。


こういうの本編で小出しに出来ればよかったのですが、オーリムすら最後の方、ソフィアリアと王鳥に至っては第二部に持ち越しなので殿下の過去話を先にやってもな……という事で泣く泣く断念した結果、本編では多少親切な怪しい人になってました。

ごめんよ。

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