子分との出会い 3
エピローグ後と過去話。プロムス視点。
全3話です。
『――俺があんな目に晒されるのは別にどうでもいい。今更気にしない。……でも優しいお姫さまが、あんな目で見られるのは耐えられない……嫌、なんだ…………』
オーリムの様子が変わってしまって一週間。痺れを切らしたプロムスはオーリムの部屋を訪れ――ベッドも狭くなってきたし、一昨年から三人で寝るのはやめたのだ――、洗いざらい事情を聞き出した。
曰く、王鳥も代行人もどれだけ過去を遡っても伴侶を得ていた前例がなく、もしお姫さまを連れてきてしまうと、自分と同じような目にあわせてしまうと考えたらしい。
プロムスはこの大屋敷で過ごすオーリムしか知らないし、差別なんて無縁だった。それどころか、子分に代行人、王太子、貴族の嫡男と錚々たる顔ぶれが揃っていたせいか、身分差すら意識した事もない。
だから今までオーリムは歴代初の自分の意思がある代行人として、貴族から蔑まれていた事なんて知らなかったのだ。オーリムは何も話さないし、人目を避けるのはアミーのように人見知りなのかと呑気に考えていた。
もしそれを知っていたら、代行人として顔出しする場所に一人で向かわせなかったのに。側に居て慰めてやったのにと今更後悔してももう遅い。
オーリムは無意識に傷付いて、大事なお姫さまにも矛先が向くのを何よりも怖がっていた。
だからオーリムは全てを諦めたのだ。ここに連れてこなければお姫さまは普通の幸せを得られるはずだと信じて、手を伸ばすのをやめてしまった。
けれど、その諦めたものはオーリムにとって、あまりにも大きいと知っている。
プロムスが初めて会った時からお姫さまから貰ったと言ったハンカチを絶対離さなくて、洗濯すら拒む程で、いつか一緒に歩けるようにずっと頑張っていたのを見ていた。
オーリムにとってお姫さまは本当に全てだった。それを諦めたオーリムは、生きているだけに成り下がってしまった。
――その様子を目の当たりにしたプロムスは鳥騎族になる夢を諦めた。たしかに夢ではあったが、願いは鳥騎族でなくても叶えられるのだから躊躇う理由はない。
もう二度とオーリムが一人で立たなくてもいいように。
そしていつかお姫さまを迎えた時、二人を支えて少しでも防波堤になれるように。
プロムスはこの日、『侍従』になると決めた。
*
――とカッコよく言ってみたものの、そもそも侍従という職業すらその時は知らず、たしか側近になると言っていたような気がする。
フィーギスの側近であるラトゥスにそう宣言すれば、微妙な顔をされて
『……代行人に側近が必要だとは思わないが』
と言われた。側近とは永遠の忠誠を誓い、仕事の手伝いをするのが主な役目だったらしい。確かに少し趣旨から外れる気がする。
とりあえずぼんやりしてしまったオーリムを気に掛けつつ身の回りの世話をして、夜会なんかに顔出しする時はついて行って、必要ならば仕事を手伝いたいと言ったら侍従を勧められた。そこで初めて侍従になりたいと再度誓ったのだ。
ラトゥスに侍従になる為の教本を持ってきてもらい、調べると必要な教養は今まで習った勉強の比ではなく難しくて目眩がした。王城に出入りし、高貴な身分に仕えて仕事を手伝うのだ。ちょっと頭のいい平民程度で足りる訳がなかったと思った。
まあだからと言って諦める理由はなかったが。そして当然のようにアミーも巻き込んだが。
アミーから何故?と首を傾げられたが、お姫さまを迎えたらアミーにはお姫さまに付いて欲しかったのだ。そうすれば一緒に仕事が出来る機会も増えて、いい事だらけではないか。――そう説明するのは忘れていたが。
そしてプロムスはオーリムとは違い、お姫さまを迎える事は諦めていなかった。
オーリムはああ言っていたが、お姫さまに対する感情は相当だ。そう簡単に諦められてたまるかと思っていた。
本音を言えばお姫さまを今すぐ攫ってきたかったが、平民が貴族に危害を与えると問答無用で縛り首なのでやめた。けれどだいぶ先になるが、チャンスがあると知っている。
オーリムは代行人として、毎年デビュタントに立ち会う事が義務付けられているのだ。そしてお姫さまは男爵令嬢。オーリムが姿を見ない訳がない。
そうすれば勝手に想いを募らせるだろう。そうなればここに来ると決まったも同然だから、その日までに侍従になって、待っていればいい。我ながら完璧な判断ではないか。
――そうして待つ間の四年間は思春期故か、本当に色々あった。
まず、フィーギスまで何か思い詰め始めていた。聞き出そうとしても年々フィーギスの方が上手になり、やり込められるようになった。まあ少々出来る平民程度が、未来の国王に勝てるなんて思うのが間違いだったのだ。
結局そちらはラトゥスに任せる事にして、何かあったら頼れと頭を撫でる事しか出来なかった。兄貴面されて少し嬉しそうだったから、それでよしとしよう。
次に成長期に入ったプロムスはどうも女性受けするように成長したらしく、めちゃくちゃモテるようになった。
アミーを奥さんにすると昔から決まっているので迷惑極まりない。勝手に想いを寄せられて泣かれた数は数知れず。強行手段に出ようとして大鳥に邪悪と判断され、大屋敷を追い出された女性使用人の数も数知れず。更には人手不足になったとメイド長にねちねち嫌味を言われる始末。どうしろと?
おかげでプロムスは分け隔てない兄貴分から、女嫌いに鞍替えだ。嫌いと言ってもあからさまに距離を取るだけだが。
それでも言い寄ってくる女は減らないのだからウンザリした。本気で嫌いになりそうだった。
ちなみにアミーはアミーという唯一無二の可愛い人間なので、もちろん例外だ。
そのアミーも本格的に思春期になって、本当に色々あった。一部は思い出したくもないし、忌まわしい出来事だ。
まあその色々を乗り越えた今は、結婚の為のスパイスだったと割り切ったが。
そう。アミーが十六歳になった誕生日の日にプロムスはアミーと結婚した。ウエディングドレスが見たくてわざわざ挙式までし、昔馴染みのメンバーに祝ってもらったのだ。
オーリムがまだ沈んだままなので悪いと思ったが、年若い男なのだから色々と我慢の限界だった。
そして――オーリムは結局また四年もの間、ずっと無気力で淡々と毎日を過ごしていた。
実は二年前、プロムスが念願叶ってキャラメル色の大鳥を口説き落とした年、少し改善する兆しが見えた事があった。
が、結果的に後味の悪い結末を迎え、余計に沈むきっかけとなってしまった。発端はプロムスでもあるので、今思い出しても心苦しい。
けれどそんな暗い日々もあのデビュタントの夜に、ようやく終わりを迎えたのだった。
*
コンコンコンとこの執務室の扉がノックされる。先触れはなかったが、最近はもう慣れたものだ。
オーリムが真っ先に出て行きたそうにソワソワしていたが、目で制して念の為プロムスが出る。
扉を開けてそこに居たのは、やはりオーリムのお姫さま……ソフィアリアと、最愛の奥さんであるアミーだった。
オーリムがいつでも来ていいと許したらしく、この時間に来る先触れなしの訪問なんて、この二人くらいしかいない。
「いらっしゃいませ、ソフィアリア様、アミー」
侍従の仮面を貼り付けて笑みを浮かべると、ソフィアリアもふわりと人の良さそうな笑みを浮かべる。半分は人が良さそうに見せる為、半分は善良な人柄故のその笑みは、なかなか本心が掴みにくい。
漠然と彼女の事も世話を焼こうと思った事もあったが、とんでもない。どちらかと言えばプロムスと同じ世話を焼く側の人間で、よほど高度な教育を受けたのか、フィーギス並みに頭が回る。気がつけば世話を焼かれる始末だ。
やる行動はどこまでも善良だと理解しているのだが、いかんせん出来過ぎていて妙に警戒心を抱かせる不思議な御方と評していた。
そしてアミーの事を筆頭に色々と世話になっているのに、そう思う自分が不義理で心苦しい。
「どうした、フィア」
ソフィアリアを見て複雑な感情を思い出しているうちに確認は済ませたと判断したオーリムが、そそくさとやってくる。ほんのり顔が赤くて、目にはあの時に無くした以上の光が宿って輝いている。思わず吹き出さないようにするのに必死だ。
「お仕事中にごめんなさいね。今日は蜜ヤムを仕入れたから使ってって言われて、みんなで密ヤムのパイを作ったの。一息つきたい時にどうぞ召し上がってくださいな。こっちがわたくしの作った分で、こっちがアミーのよ」
そう言って差し出されたバスケットを受け取って、本当に嬉しそうに笑う。こんな表情が見られるようになったのは、あの大舞踏会が終わった後からだった。
ソフィアリアが来てからも一季半ぐずっていたが、ようやくその日に想いを返したと嬉々として報告されたのだ。幸せいっぱいという笑顔に少しグッときたのは内緒である。頭をぐちゃぐちゃに撫でて誤魔化してやったが。
「ありがとう。さっそくいただく。フィアも休憩していかないか?」
「う〜ん、ごめんなさい。実は今から庭師のお爺様と約束をしているの。魅力的なお誘いだけれど、また今度にするわ」
ソフィアリアは手を合わせて申し訳なさそうな顔をしている。オーリムも、ついでにプロムスも残念そうに肩を落としたが、気を引き締めて気持ちを切り替えた。
「いや、気にしなくていい」
「本当にごめんなさいね。次にお茶休憩出来そうな時は先触れを出すわ」
そう言って二人して名残惜しいとばかりに立ち話を始めると、ちょいちょいと肘を引っ張られる。
「ん? どうした?」
相手はもちろんアミーだった。当初の思惑通り――いや、ソフィアリアの計らいで思惑以上に立派な侍女になった最愛の奥さんは、少し眉尻を下げてしょんぼりしていた。そんな顔も可愛いだけだ。
「砂糖は抜いたけど、密ヤムだからロムにはちょっと甘いかも。ごめん」
「気にすんな。アミーが作ってくれたってのが重要なんだ」
くつくつと笑って、ポンポンと頭を撫でてやった。アミーはちょっと赤くなって、ぷいっと照れくさそうに視線を逸らす。誰もいなかったら腕に閉じ込めて、部屋にお持ち帰りしているところだ。
「ふふ、もう少しイチャイチャしてくれてもいいのだけれど、アミーは置いていくべきかしら?」
そんな様子をソフィアリアとオーリムにばっちり見られていたらしい。ソフィアリアは頰に手を当てコロコロ笑い、オーリムは気まずいのか、壁の方を向いて見ないようにしてくれていた。
アミーは真っ赤になって、ブンブンと首を横に振っている。
「いっ、いいえっ⁉︎ 行きますっ!」
「あらあら、残念ねぇ。ではプロムス、奥様はもう少しお預かりするわ。リム様はまたお夕飯の時間に」
「あ、ああ。じゃあ、また」
それだけ言うと行ってしまった。後ろから見えるアミーの耳がまだ真っ赤で、それを愛おしく眺めていた。オーリムも名残惜しいのか、ソフィアリアの背中をいつまでも見送っている。
やがて姿が見えなくなったので部屋に戻ると、真っ先に紅茶の用意をした。密ヤムのパイなら甘いと見越して、少し渋めの方がいいだろう。
侍従を目指す事にしてから、紅茶の淹れ方は練習したのだ。アミーには悪くないけど大味と言われているが、そもそもそんなに紅茶にこだわりはない。これはオーリムもそうだ。
「ほい、茶」
「ん、ありがとう」
紅茶を淹れている間にパイの方は用意してくれたらしい。目を輝かせて愛おしげに眺めているオーリムに吹き出して、ポンっと頭に手を乗せてやった。
「……なんだ、気持ち悪い」
「いや? リムはパイが好きなんだなって思って。結局好き嫌いは八年一緒に居て飯も随分食ったのに、魚の姿が嫌いっていう事しかわからなかったからな」
そうやって好みを全面に出す事は、四年前以前ですらあまりなかった。食べられるだけありがたいと思っていたのだろう。
ここ四年はもっとだし、ここに来てようやくきちんと自分の好みを示せるようになったらしい。その事がとても嬉しかった。
「……まあ、うん。パイというより、フィアの作ったパイが好きだ。あとはセイドベリー」
「あー、あの甘いのな。たくさんあったのにほとんど王鳥様とリムに取られたって、アミーが怒ってたぞ」
「それは……すまない」
「あんま反省してねーな?」
そう言うとバツが悪いのか押し黙り、パイを齧っている。サクッといい音を立てて、オーリムは美味しそうに食べていた。
プロムスも一口齧る。おそらくアミーが初めて作ったパイはサクッと気持ちのいい音が鳴るほどではないものの、サクサクしていて美味しい。中の蜜ヤムは少し甘味が強いが食べられない程でもないし、生地の黒胡麻のおかげで香ばしくなっている。家に帰ったら美味かったと褒めちぎってやろうと思った。
プロムスがパイを食べながらアミーの事を考えているように、オーリムもソフィアリアの事を考えているのだろう。
その蕩けきっただらしない表情を、ここ四年間のオーリムに見せつけてやりたい。どんなに拒絶してもソフィアリアを一目見ただけで、結局はこうなるんだぞと伝えてやりたかった。
「リム」
「ん?」
「よかったな」
そう言えば四年前、お姫さまが見つかった時にもこんな会話をした気がする。
オーリムはあの時と同じように顔を上げ、本当に幸せそうな笑顔で大きく頷いた。
「ああっ!」
――その表情を見て、これから先はようやく幸せになれるのだろうと思った。
きっともっと表情豊かになって弾けるように笑って、代行人をやりながら人並みの人生を送れる。
長く面倒を見てきた兄貴分として、子分が手に入れた幸せを嬉しく思ったのだった。
最後は駆け足気味でしたが、プロムスの大屋敷で暮らした日々のお話でした。
基本的に一番気にしていたのはオーリムの事でした。殿下も気にしていたのですが、あっちの方が上手になっていってしまったので。
アミーとは両想いで安泰、キャルはそのうちデレると確信してるので楽観視していました。まあそれで酷い目に遭うのですが。
少々省いているのは、アミー主人公のスピンオフを予定しているからです。第二部連載中のどこかで中編を同時連載するので、よければ覗いてやってくださいませ。
これ書く前は設定はあるものの、ちょっとまだ掴みきれていなかったプロムスの人物像がよく見えたので書けてよかったです。めちゃくちゃいい奴だなぁ〜(他人事)
オーリムに足りなかったスーパーなダーリンさん成分は周りが補っています。アミーとキャルに謎に強気ですが、ハイスペックなイケメンさんです。




