自分好みに着飾らせたい
「認められない二夫一妻1」でダイジェストで飛ばされた頃のお話。ソフィアリア視点。
「――――だから、それは絶対ダメだって言ってるだろっ! いくらなんでも背中が開き過ぎだって! ――――我慢しろっ!」
夏の季節も終わりに近付いたある日、ソフィアリアと王鳥、オーリムの三人は、代行人と今年からはソフィアリアも担当になった仕立て屋と話し合いながら、冬服のオーダーをしていた。なんでも昔から、代行人の衣服はこの仕立て屋が担ってきたらしい。
ソフィアリアが着る服は王鳥とオーリムに任せる事にした。大屋敷で着る室内ドレスを一週間分の十着と、冬は出席しなければいけない夜会はないものの、何かあった時の予備でドレスが二着、それと街に行ったり夜デートの時に着れる簡素なワンピース五着に、あとは夜着を五着。必要最低限これだけを、毎季ごとに頼む必要があるのだ。
季節ごとにワンピースと夜着五着ずつくらいを、それも着れなくなる数年はローテーションしていたソフィアリアにとっては多いなと感じるのだが、実際はそこそこの下位貴族程度でももっと持っている。
特に成人した貴族は正装を着回せないので、お茶会、訪問着、夜会用の正装が相当数必要になるし、装飾品も買わなければならないのだから出費が嵩むのだ。
そう考えれば社交の必要がないソフィアリアはだいぶ楽な方なのだが、一応身分だけは王族より上の王鳥妃なので、生地はかなりいいものを使う事が半分義務とされていた。
貧乏男爵令嬢だったソフィアリアにとって値段は背筋が凍りそうな額だったが、何を貢献する訳でもないのに、王鳥妃として決まった額が支給されるので、使える時は使わなければならない。
ある程度は何かあった時用に貯める事にしたが、定期支給されるのであまり貯め込みすぎるのも経済が滞るのでよろしくない。
そしてソフィアリアは大屋敷から出る事もなく、また物欲もないのであまり買う物がなく、暮らしだって保証されているので、個人で買う物なんて美容に関するものや夜デートの際の夜食の材料費くらいなのだ。
なので交渉の末なんとか半分減らしてもらい、ソフィアリアが来て仕事が増えた分この使用人の給料アップにでもと回してもらったが、はっきり言ってそれでも有り余る。
そのうち高位の位に立つ人間らしく、寄付や支援なんかも考えなければならないだろうと頭を悩ませていた。
安易に寄付や支援と言っても、ソフィアリアが動くと大鳥の名がついてくるので、下手なところを選べない。それに、王鳥や王族――大鳥に関する取り決めは全てフィーギス殿下管轄である――に書類を提出し、一度議会に持ち込んで許可を出してもらう必要があるので、かなりの大事になるのだ。
ソフィアリアは自分で色々と理解がある分まだいいが、次代以降の王鳥妃がどういう人間が選ばれるのかわからないので、そのあたりの影響や後世にどう伝えるかも考える必要がある。なかなか難しい課題だ。
なので、自分で使える時には思い切って使っておきたいのだ。仕立て屋も儲かるし、面目も保てるし、悪い話ではない。
実際、今まで代行人の衣服しか担当してないところにソフィアリアの分まで引き受ける事になって、店を増築し人を新たに雇う事になったらしく、大変だろうと思う。
――激しい言い争いをする二人を眺めているうちに話が逸れてきたが、ソフィアリアの服は二人で決めてもらった。特にこだわりがないし、二人好みの服で着飾りたいと思ったからだ。
最初の頃はよかったのだ。数も数だし、仕立て屋から教えてもらった冬の流行――服の流行はだいたい事前に決められているのだ――を教えてもらいながら、たまに色やデザインの修正を指定しつつ、二人好みの服のデザイン画を次々と選んでいっていた。
問題は残り一枚になった頃だ。ここに来て最後という事で己の欲がお互い出てきたらしく、自分達でデザイン画を描く勢いだった。
が、王鳥と代行人は好みが同化するはずが、衣服に関しては対象外だったらしく半分口論になっていた。
曰く、王鳥は肩口と背中は大きく開いている方が好み。これは背中に引っ付いている事が多い王鳥が、素肌での触れ合いを好むからだろう。そう思うと恥ずかしいが、その方が気の馴染みがいいのだとか。
対照的にオーリムは露出は断固拒否の構えだ。冬服なのだから身体を冷やすのは良くないと力説しているが、本心は自分が目のやり場に困るのと、人目に晒すのを嫌がるからだろう。
それは独占欲だろうかと、心がふわふわしたのは内緒である。
デザインに関しても王鳥は大人っぽく落ち着いた服を好むが、オーリムは可愛い服を好むようだ。
ソフィアリア的にも結婚するのだし落ち着かないとなと思いつつ、どうしても可愛いものに目が惹かれる。これは昔ふわふわヒラヒラした物を特に好んでいたので、幼心がまだ抜けきらないのだろう。
色は黄色に夜空色は共通しつつ、王鳥はミルクティー色、オーリムはクリームイエローとオレンジ、茶色も選びたがる。
ミルクティー色とクリームイエローは前に好きな色だと言っていたし、オレンジも瞳の真ん中にまっすぐ走っているからわかる。が、茶色はどこからきたのだろうと首を傾げていた。
まあ前回言わなかっただけで、好きな色だったのかもしれない。
あとオーリムが黒だけは断固拒否していた。どうも悪人を自称したあれのせいらしい。少し申し訳ない。
「ピー……」
「――――フィアは俺の選んだやつの方がいいよなっ!」
言い争いに巻き込まれてしまった。見てみると夜会用のドレスで、王鳥の選んだドレスはAラインの上は紺で下は水色という明るい夜空色に、下に大きな黄金の花の刺繍が繊細に入れられている、夜の花畑のようでとても綺麗なドレスだった。ラインストーン入りと書かれているから、本当に夜空のように見えるのかもしれない。アクセントの白が少し甘めな雰囲気になっているが、全体的に大人っぽいデザインだなと思った。
対するオーリムはプリンセスラインで、クリームイエローにスカート部分は茶色のドレスだった。刺繍はないが、フリルとリボンの多いガーリーなデザインとなっている。
パッと見オーリムのデザインのドレスの方が好みなのだが、王鳥の選んだドレスの方が王鳥の色を纏う王鳥妃っぽくて素敵。どうせ二着作るのだし両方にすればいいのでは?と思ったが、チラリと見た仕立て屋の前には一着のドレスのデザイン画があったので、一着は決定済みらしい。なら、その案は使えないだろう。
ソフィアリアも頰に手を当て、うーんと考えた。
「リム様のデザインが好きなのだけれど、王様の色を纏いたいなって思いました。ですのでリム様の選んだドレスを王様の色に変更、なんていかがでしょうか?」
逃げの一手と思われるかもしれないが、折衷案を提案してみた。けれど、どちらからも微妙な反応が返ってくる。
「ビー」
「――――冬だとまだ、け、結婚してないんだから、少し幼い感じになってもいいだろ? 逆に言えば今しか着れない。……色はもう少し明るい方がいいが、そのくらいなら妥協してやる」
「プビー」
「マントで隠すにしても、半透明だろ! 絶対これ以上背中を開けるのは嫌だからな! 大体、何でそんなに人目にフィアの肌を晒したがるんだっ⁉︎」
「ピー」
「〜〜っ⁉︎ と、とと、とにかくっ! ダメだからなっ‼︎」
「プピィ」
話しているうちに別の案にまで及んでしまったらしい。オーリムが思わず動揺するくらいだし、何を言われたのかとても気になるが、今は微笑ましく見守る事にする。
まだ終わりそうもないので、せっかくだしソフィアリアはオーリム用に選んだ夜会服を一着修正する事にした。
コートとボトムスは白に黄金の刺繍を入れ、黒い太目のラインを入れたり襟や袖口、ブーツを黒にして明るくなり過ぎないようにする。
シャツは紺、ベストは左右それぞれ半分白、半分黒で、マントはソフィアリアが着る事になりそうな明るい夜空色に変更だ。こちらも同じようにラインストーンを入れてもらう事にする。
こんなものかなと仕立て屋と笑顔で相談しつつ、まだ言い争っている二人にデザイン画を見せつけるように持つ。
「ねえ王様、リム様。どう? お揃いよ?」
ニコニコしてそう言えば、二人はソフィアリアの方を振り向き、デザイン画を見て目を瞬かせていた。
「……どちらかといえばフィー向きなデザインと色だな」
「ピ」
言われて、そういえばデビュタントで見たフィーギス殿下は白い正装だったなと思い出す。王族しか身に纏えない禁色が黄金と水色に近い青、白なので、白コートはフィーギス殿下らしいのかもしれない。けれど
「フィーギス殿下ならもっと全体的に明るいし、黒や紺は使わないのではないかしら? リム様はわたくしとお揃い、お嫌?」
「……嫌じゃ、ない。――――あと王がマントと同じクラバットが欲しいって」
「あらあら。では三人でお揃いね?」
くすくす笑っていると、王鳥は満足そうに目を細め、オーリムは顔を赤くしてコクコク頷いていた。お気に召してもらえたようだ。
まあ夜会用の予備のドレスなので着る機会に恵まれるか微妙なところだが、三人でお揃いの色を纏うなんて夫婦っぽくて素敵だと、ついニヤけてしまうのだった。
今度からソフィアリアの一番のこだわりは、これになるのかもしれない。
序盤でソフィアリアの肩ビリビリ事件が起こった時に、服のデザインを一緒に考えて欲しいと言っていたのを思い出したので。多分これは2、3回目です。
ついでに王鳥妃の金銭事情にも触れておきました。
オーリムがオレンジと茶色も選びたがるのは、スラムの孤児時代のラズがオレンジの目に茶色の髪だったからです。本当は栗色なんだけど、クリームイエローに合わせるなら黄褐色の方が合うんじゃないかなぁ〜。




