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殿下達との語らい

「認められない二夫一妻1」でダイジェストで飛ばされた頃のお話。ソフィアリア視点。

「――イン・ペディメント侯爵家は完全に現妃派だよ。そして彼らが所有するペディ商会は、服飾一点絞りとはいえこの国一番の商会で、王妃殿下の御用達。まあ近付かない方が無難だよね。ディカル伯爵家は大した力はないけど現妃派の中でも特に過激。無駄に頭が回るから全然捕まえられなくて面倒なのだよ。次に――」


 ある日の夕方頃。ソフィアリアは珍しく執務室に入れてもらい、来訪したフィーギス殿下から、かねてより約束をしていた政敵の話を聞いていた。今日でもう三度目だ。


 ソフィアリアはそれを書き記す事なく全て暗記していく。こういう話は話していたという物的痕跡すら残す訳にはいかないだろうと思っての判断だ。

 手元にあるのは王城に保管されていた貴族名鑑だけだが、今のところ覚えている分で賄えているからそれを開ける必要がない。


「では、ディカル伯爵家がそうなのでしたら、ティオ男爵家も共謀関係にあったりするのでしょうか?」


「……何故ティオ男爵家? あの家は中立の穏健派で、繋がりは一切ないはずだが」


 ラトゥスに首を傾げられるが、ソフィアリアこそ頰に手を当て、首を傾げる。


「中立の穏健派ですか? この両家は現当主と二人の子供達が皆同年齢で、学園では狙ったかのように同クラスです。下の子なんてティオ男爵家は養子を迎えてまで足踏みを揃えていらっしゃるようですし、ここまで揃うなんて不思議な偶然だなと思っていたのですが」


 まあ、本当に偶然の可能性もなきにしもあらずだ。実際に見た事がなく書類上での憶測でしかないから、気にしすぎなのかもしれない。


「ふむ。ティオ男爵家なんて完全に眼中になかったよ。言っては何だが、弱小貴族でなんの力もないに等しいからね」


「子供の姉の方が王城でメイドをしている。……フィーにほど近い場所担当だったと思うが」


 ラトゥスが渋い顔でそう言うと、フィーギス殿下も苦虫を噛み潰したような表情になった。

 素朴な疑問を投げかけただけだったが、まさか相手が王城に出仕してるとまでは思わずに、ソフィアリアも目をパチパチさせる事しか出来ない。


 そんなソフィアリアに、王鳥が背中をすりすりしていて(くすぐ)ったい。


「……ラス、念の為探りをいれておいてくれたまえ」


「ああ、そうだな」


 ――後日、王城から一人のメイドが情報漏洩で解雇され、一つの男爵家が取り潰しになるが、ソフィアリアはその末路までは知らない事だった。


 それからいくか注意すべき家を教えてもらい、気になった事は質問をしたり討論のような事をしたり、三人とソフィアリアに(じゃ)れている王鳥とそんな時間を過ごしていたら、コンコンコンと扉がノックされる。


「失礼致します。お食事の用意が出来ました」


 アミーだった。今日はフィーギス殿下とラトゥスがこの大屋敷で晩餐をとるらしく、ソフィアリアもそこに初めて同席させてもらえる事になったのだ。


「ああ、もうそんな時間か。なかなか楽しく有意義な時間を過ごせて感覚がなくなっていたよ。すぐに行こう、今すぐ行こう」


 フィーギス殿下が満面の笑みで、ラトゥスもいつもの無表情ながらなんとなく嬉しそうな雰囲気を感じ取ったので、よほど楽しみにしてくれていたらしい。一足先に出て行ってしまった。


「フィー達、食事となるとがっつき過ぎだと思う」


「あら? この大屋敷でのお食事をあんなに楽しみにしてくださっているなんて、とても栄誉な事だわ。……リム様、お仕事お疲れ様でした」


 隣に並んだオーリムにニコリと笑えば、彼は少し照れくさそうに淡く笑って、頷いてくれる。

 三人と一羽で話している間、オーリムとプロムスは同室でいつも通り書類仕事を片付けていたのだ。少しうるさくしてしまったのは申し訳なく思った。


「ピ!」


「ええ、王様。ではまた夜に」


 ソフィアリア達も晩餐の為に部屋を出ていくので、王鳥は一鳴きしてから外へと飛び出す。

 ちなみに王鳥もソフィアリアで遊んでいたものの、同時並行でこの国中を飛び回って見回りをしている大鳥の目を通して、王鳥も何か異変がないかきちんと探りを入れているらしい。器用な事だ。


 王鳥を見送って、ソフィアリアとオーリムも食堂へと向かう事にした。


「わたくしが来る前はもっと頻繁にお食事をしてから帰っていたりしていたの?」


「食事は来る度に毎回摂っていっていたけど、頻繁はどうだろうな。最近なんだ、来るペースが早いのは。前は多くても週一だったのに」


「あら、そうだったの? わたくしが気を使わせてしまっているのかしら」


 思ったのはそれだ。頻繁に顔を見せに来るのは、王鳥妃(おうとりひ)になったソフィアリアが困っていないか様子を見に来ているのではないかと思ったのだ。

 もしそうだとすれば、多忙な彼に気を使わせてしまっている事が申し訳ない。


「そのおかげでここでの食事にありつけるからいいんじゃないか?」


「あらあら、よほどお気に入りなのねぇ」


「まあ、仕方ないよな」


 そう言って苦笑するオーリムの言葉の意味を察して、困ったように笑う。安寧の場所であるはずの実家が敵だらけの王城なんて、大変そうだなと思うばかりだ。


 話しているうちに食堂についたので中に入ると、フィーギス殿下が待ちきれないとばかりに目を輝かせていた。思わずふふっと笑う。


「そんなに楽しみなのですか?」


「もちろんだとも! 毒味なしで出来立てあつあつの料理を食べる事なんて、ここでもなきゃ出来ないからね」


 嬉しそうに声を弾ませる様子と、ラトゥスも無言で頷く様子に微笑ましさと、ほんの少し不憫さを感じてしまった。出来立てあつあつの料理が美味しいのは当然で、毒なんて無縁だったソフィアリアにとっては普通だったからだ。

 その普通すら感受出来ないのだから、王侯貴族とは大変だなと思うばかりである。……ソフィアリアも一応男爵令嬢だった訳だが、実態は平民並だったのだ。


 運ばれてきた今日の晩餐は、野菜たっぷりなシチューと焼きたてのチーズミートパイだ。今は夏だが、あつあつが美味しい料理をソフィアリアが選んだ。

 間違っても王侯貴族に出す料理ではないが、フィーギス殿下達はこの大屋敷ではむしろそういう料理を求めているらしいので、きっと喜んでくれるだろうと思った。チラリと盗み見たら嬉しそうだったので当たりだったようだ。


「美味しそうだね。いただきます」


「いただきます」


 そう言って食べ始める。トロトロに煮込まれた野菜とホワイトソースが絡み合い、今日もとても美味しい。この大屋敷の料理長が作るホワイトソースは絶品なのだ。


「思うのだけれど、王侯貴族ももっと体裁なんて気にせず野菜を食べられるようになるべきだと思うのだよ。特にじゃがいもなんてこんなに美味しいし、アヌーム子爵領で作られる立派な特産品なのにね?」


 そう言って溜息を吐くフィーギス殿下。この国の王侯貴族の多くにとって野菜とは、地を這いつくばる下賎な食べ物という認識で一切口にしない。特にこのじゃがいものような地中に埋まる根菜なんてもってのほからしい。


 じゃがいもにいたっては根菜かつアヌーム子爵領で通年大量に採れるので、殊更(ことさら)毛嫌いされ、平民の一般的な食品として親しまれる一方で、貴族からは特に嫌われていた。

 アムール子爵領はそれでかなりの収益を上げ、下手な高位貴族よりも税を納めているのにも関わらず子爵止まりなのだ。なんとも理不尽な話である。


「フィーギス殿下が陛下になられた暁には、ぜひ広めてみてはいかがでしょうか?」


「ふむ、それも悪くない。しかし人の潜在意識を変える事は政治なんかよりもよほど難しいからねぇ。価値観を覆すような利点でもあればよいのだが」


 そんな話をしつつも手は決して休めない。温かいうちに食べたいのだろう。


 残念ながら野菜に関する深い知識はなく、良案はソフィアリアでは思いつかないので、困ったように笑うだけだ。アムール子爵領の人達を筆頭に、専門家にお任せするしかない。


「同じ芋でもヤムなんかは菓子に使われて広まっているのに、変な話だな」


 オーリムの言う『ヤム』とは、アムール子爵領でのみ採れる外は赤くて中身はオレンジ色の根菜の事である。ねっとりと甘く、そこそこ安いので、セイドにいた頃はおやつ代わりによく食べていた。


「あれはじゃがいも程量産が出来ないし、美味さが勝った結果なのだろう」


「じゃがいもは力及ばずだったみたいだけど、先代アムール子爵の努力の賜物だよねぇ」


 そう言ってうんうん頷いている。


 いつもより難しい話をしながら食事を楽しんでもらいつつ、最後にデザートを持ってきてもらう。運ばれてきたのは……


「へぇ、シャーベットか。この前以来だね」


「ふふっ、ええ。夏にぴったりなデザートとしてこの大屋敷で流行っているのです。特に今日のシャーベットはリム様のお気に入りなのですよ?」


 ね? と視線を向ければ、もう食べ始めていたオーリムが真っ赤になって、慌てて視線を逸らしていた。照れ臭いのだろうか?


 そんなオーリムを、フィーギス殿下は目を細めて嬉しそうに笑っている。


「へえ? リムがそうやって食の好みまで表に出すのは珍しいね」


「珍しい、ですか?」


 ピンとこなくて首を傾げる。たまにしか来ないフィーギス殿下では好物に当たる機会があまりなかっただけかもしれないが、好きなものを食べている時の表情は結構はっきりわかると思うのだが。


 不思議そうな顔をしたからか苦笑され、フィーギス殿下は言葉を繋ぐ。


「まあね。少し前までのリムは、何を食べても淡々と消化していたから」


「フィー」


 強く睨まれたフィーギス殿下は肩をすくめ、それ以上は何も言わなかった。そしてシャーベットを一口口に運んで誤魔化す。


「おっ、ワインではないか。前回君達に貰った時にも、お酒のシャーベットがあればと話していたのだよ。想像通り、やっぱり合うねぇ」


 フィーギス殿下はそう言って、ラトゥスは無言で美味しそうに食べていたので、二人もいける口なんだなと思った。


 オーリムの話は気になるが、間接的に又聞きするべきではないだろう。だから本人が話してくれるまで待つ事にした。知られたくないのなら、話さないままでもいいのだ。

 少し寂しい気もするが、それでもソフィアリアはずっと側に居る事だけは揺るぎないのだから。


「フィーギス殿下達もお酒を(たしな)まれるのですか?」


「ああ」


「まあね。私達は飲み仲間一年目なのさ。特にリムとロムはめちゃくちゃ強い」


 それは初耳だ。目をパチパチさせてオーリムを見れば、彼はコクリと頷いた。


「というより、鳥騎族(とりきぞく)は酒に酔わなくなる。毒の類も効かないし、酒精もそうなんだろ」


「だから鳥騎族(とりきぞく)同士の飲み会はそれはもう酷い事になるんですよ」


 くつくつと愉快そうに笑うプロムスを、アミーはジトリと睨んでいた。プロムスに連れて行かれて大惨事でも見たのだろうか。全員うわばみの飲み会はさぞや凄いのだろう。


 まあ中には、酔いたい気分の日もあるのに、いくら呑んでも酔えない、なんて事にもなりそうだなと思った。お酒に逃げられないので一長一短だ。


「その、フィアはどうなんだ? 今日のそれも酒のやつじゃないんだろ?」


 オーリムにじっと見つめられて、ソフィアリアは思い出した事があり、困ったように笑う。


「ワイン一本分くらいは平気みたいだけど、それ以上は急に意識を飛ばしてしまうのよねぇ。覚えてないのだけれど、弟からそれ以上は男性の居る所で呑むのは絶対禁止だって言われたわ。わたくし、何をしたのかしらね?」


 隠されると余計気になって他の人に一度見てもらい、教えてほしくなるのだが、弟は絶対ダメだと強く厳命されたうえに決して口を開いてくれなかった。男性の、と指定するくらいなのだから、よほどハレンチな醜態でも晒してしまったのだろうが。


 それ以来お酒自体をあまり呑む機会がなかったので、結局試していない。


「……好奇心が隠しきれていないが、俺からも禁止するぞ」


「あら、わかってしまった? ……あっ、そうだわ! ねえアミー、今度他の侍女達も呼んで一緒に呑みましょうか?」


「私は喜んで」


「フィア?」


 ジトリと念押しされてしまった。これは、こっそりやってバレたら怒って拗ねられるのだろう。残念である。


「なら、リムが結婚してからでも見てやればいいではないか。それで万時解決だ」


「まあ! いいですね、そうしましょう? リム様」


「いい訳あるかっ‼︎」


 せっかくフィーギス殿下が誰も困らない名案を思いついてくれたのに、真っ赤になって怒られてしまった。ガッカリである。

 まあまだ結婚もしていないのだ。気が変わる日を首を長くして待つ事にしようと、まったく懲りないソフィアリアだった。




フィーギス殿下と初対峙した時に出ていたフィーギス殿下の政敵の話と、ダイジェストにあった温かい食事のお話でした。


時代ベースを中〜近世ヨーロッパ的な何かにしているので食事事情をそれっぽく描写しましたが、まあファンタジーなんで大目に見てやってください。野菜は食べなかったらしいですが、根菜云々とかは完成にオリジナルです。


ちなみにヤムとはさつまいもの事です。

実在するヤムは日本で売られているもの程甘くないらしいですが、ここで登場したのは日本産さつまいもだと思っていただければ……!


あとこの世界で飲酒可能なのは16歳からですが、現実にお住まいの皆様は飲酒は20歳になってからお願いしますm(_ _)m

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