大鳥のバスケット
「認められない二夫一妻1」でダイジェストで飛ばされた頃のお話。ソフィアリア視点。
その日の夜デートは中庭についた途端、傍らに置いてある主張の激しい物につい目を奪われてしまい、挨拶もせずにポカンとしてしまった。
けれどそんなソフィアリアをオーリムはいち早く見つけ――というより最近は中庭に姿を見せたら即座に見つけられているような気がする――、ちょうどキリよく終わったのか、振っていた槍を止めると目元を和らげる。
そんな優しい表情に、ソフィアリアは今日は珍しくまだ気付きそうもない。
ストンと静かにソフィアリアの側に降り立った王鳥は、だがなかなかこちらを振り向いてくれないのが不満なのか、くいくいと背の二股に分かれたチュールマントを片方引っ張って気を引き、そこでようやくソフィアリアははっと我に返って、目をパチパチさせて二人の方に視線を向けた。
「こんばんは、王様、リム様。あの、これは……?」
ソフィアリアの視線の先には、円柱型の非常に大きなバスケットが置いてあった。
籠部分はソフィアリアの胸の下くらの高さ、取っ手を入れたら優に二メートルはありそうなとても大きなバスケットは、籠部分に扉のようなものが付けられていた。
それに、取っ手部分にリボンや飾りが巻かれたり、籠部分にはどうくっ付いているのか謎だが、花が飾られていたりと非常にファンシーな見た目をしている。
可愛いと思うのだが、これは何事だろうという疑問の方が強い。
「前に少し話した、鳥騎族とその伴侶を中に乗せて、大鳥と空を飛ぶ為の籠だ。王が一度体験させてやりたいんだって飾り付けてた」
そういうオーリムは苦笑を隠しきれていない。気合いを入れたにしても、これはないとでも思っているのだろうか。
けれどソフィアリアは王鳥が善意で飾り付けまでしていたと聞き、パッと表情を明るくする。王鳥を見上げたその表情は、仄かに頰を上気させたいい笑顔だった。
「まあ! 王様が用意してくださったのですか?」
「ピィ!」
「ありがとうございます。こんなに素敵なバスケットに乗せてもらえるなんて、本当に嬉しいです。ふふっ、可愛いわ〜」
胸元を撫でれば、えっへんと言わんばかりに胸を反らして得意げな表情をしていた。そんな王鳥も可愛らしいので、もっと撫でる。
オーリムは二人が戯れているのを眺めつつ、ソフィアリアが今日も持ってきてくれたポットから、最近淹れるのにハマっているらしいアイスティーをカップに注ぎ入れると、グイッと飲み干す。少しフルーティーなのは、果実を入れるのが特にお気に入りだからである。
そしてティーセットと共に入れられていた物に、目が釘付けにされた。
「今日も美味そうだ。食べていいか?」
「ええ、召し上がれ。王様もいかが?」
「ピ!」
多分欲しいと言っているのだと思う。そういう事にして、ソフィアリアは濡れタオルで手を拭き、バスケットから今日の夜食を一つ取り出す。
今日の夜食はシナモンレーズンのベーグルだ。少しモチモチ感が強く弾力があり過ぎたのが残念だが、酒精の強いレーズンとふわっと香るシナモンが効いていて、とても美味しく出来たと思う。
秋から冬になってりんごが出回るようになったら、焼きりんごを挟んでも美味しいかもしれないなと思った。
ソフィアリアはそれを一口千切ると、王鳥に食べさせる。最初はそれに嫌そうな顔をしていたオーリムも、毎日する事で諦めたのか、今はもう何も言わなくなっていた。
なんなら、オーリムにもこうやって食べさせる事もやぶさかではないのだが、きっと真っ赤になって照れるだろう。やらなくてもわかるが、今度また提案してみようと思う。
今日も二人とも美味しそうに食べてくれたので、食べないソフィアリアも満足だ。アイスフルーツティーを飲みながらほのぼのした時間を楽しみ、いよいよ大きなバスケットに視線を向けた。
「乗るか?」
「ええ! バスケットに入るのは人生で初めてよ。なんだかさっき食べてもらったパンになった気分だわ。よろしくお願いします、王様、リム様」
「ピー」
籠の扉を開けて中に入る。ソフィアリアは奥に詰め、オーリムは扉側だ。
そしてあまり広くはないので、どうしても肩が触れるなと思った。
予想以上の狭さにオーリムはビクリと肩を震わせ真っ赤になっていたが、今の今までベンチで引っ付いて座っていたのに、何故照れるのか。なかなか不思議な婚約者である。
「このバスケット、グラン隊長みたいな体格のいい殿方だと、一人でしか乗れないんじゃないかしら?」
「まあな。ちなみにグランの奥方は飛べば気絶するらしいし、本人もクムの背に乗ると俺に次いで最速で飛べるから、バスケットはあまり経験ないと言っていた。……あまり伴侶と飛べる鳥騎族って居ないんだ」
「まあ! こんなに楽しいのに、もったいないわねぇ。高いところをヒューって風になったみたいに空を駆けて、夜風と心地よい揺れを感じながら飛べるのは本当に楽しいのにね?」
「……フィアぐらい防壁薄くても楽しめる人は鳥騎族でもレアだと思う。――王、飛んでくれ」
「ピピー」
オーリムが合図を送ると、ふわっと籠ごと上昇する。いつもと違う空の散歩に、ソフィアリアは目を輝かせた。
王鳥が取っ手を持って飛ぶからか、いつもよりふらふらと揺れが強く感じるような気がする。ギュッと籠の縁を握りしめて、でもこれはこれでユラユラが楽しくて、パァッとだんだんと笑みが深まるのがわかった。
「王様、リム様! バスケットもユラユラ揺れながら飛べて、とっても楽しいですわねっ!」
「揺れを楽しめるのか……フィアはすごいな」
くつくつと声を押し殺して笑うオーリムに首を傾げる。純粋に景色を楽しむのは王鳥の背に乗っても出来る事だし、バスケットの一番の良さはこの揺れだと思うのだが、何がすごいのだろうか。
まあソフィアリアも楽しいし、オーリムも笑ってくれているみたいなので、良しとした。
「ピゥ〜」
揺れが楽しいと言ったからか、王鳥はわざと揺らしながら飛んでいるようだ。
「ふふっ。もうっ、王様ってばイタズラっ子さんね?」
「王、ほどほどにしてくれ。食べたばかりだから吐くだろ」
「プピィ」
少し小馬鹿にしたような鳴き声を出しつつ、揺れは抑えるのだから本当に二人は仲良しだと笑みが浮かんだ。そんな二人に、自分も少しでも寄り添えていると嬉しい。
しばらくそうやって揺られつつ、景色と会話を楽しんでいた。
たまに揺れが激しくなるとオーリムとソフィアリアはギュッとくっ付いてしまい、その度にギシリと籠が鳴るのは、オーリムが照れを堪えるために縁を強く握りしめているのか。そう思うとなんだか可愛らしくて、ついくすくすと笑ってしまう。
三十分程そんな時間を過ごし、三人は大屋敷へと戻ってきた。
ゆっくり丁寧におろしてくれる王鳥に感謝を述べつつ、バスケットから降りて地面に足をつけると
「……あら? なんだかまだふわふわ揺れているわ?」
「揺れが激しかったからな。そのうち治る。……歩けそうか?」
「ピィ……」
「大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます」
オーリムに手を取られ、ベンチへと誘導される。
こうやって必要に駆られれば照れずになんでもしてくれるのに、何もない時は何故あんなに照れるのか。
まあ照れているオーリムはソフィアリアのお気に入りなので、ずっとそのままでいてほしいなという思いも確かにあるのだが。
定位置のベンチに腰掛けると、オーリムも当然のように密着しながら隣に座る。……先程の籠の中よりずっとくっ付いている気がするとは言わない方がいいだろうか。
王鳥もいつものように背中側にまわり、ソフィアリアの乱れた髪をせっせとその嘴で梳いてくれた。甲斐甲斐しくて優しい神様だ。
「――――王が大鳥の籠はどうだったかってさ」
そう言われて唇に指を当て、考えてみる。楽しい楽しくないでいえば、非常に楽しかった。
けれど一つだけ、不満がない事もない。
「そうですねぇ。ユラユラ揺られながらのお空のお散歩も、楽しかったですわ。王様が用意してくださった可愛らしいバスケットに乗るのは、まるで童話の主人公になったようで、夢のような素晴らしい体験でしたの。でもね……」
クルッと後ろを向いて、王鳥に抱きつく。甘えるようにそのさらフワな羽毛に頰を擦り寄せながら、うっとりと息を吐いた。
「……王様と直接触れ合えなくて、少し寂しかったわ」
上目遣いで王鳥を見上げてその不満を言えば、王鳥の目は甘い熱を宿して「ピィ」と嬉しそうに鳴いた。そして身を屈め、お互いの頰をスリっと擦り合わせる。
「……王」
「ビー」
「ふふっ、リム様もすりすりする?」
「いっ⁉︎ いやっ、いいっ!」
そんな全力で首を横に振らなくても。
しょんぼりした気分は王鳥と頬擦りし合う事で誤魔化して、くすくすと笑う。
「だからわたくしは、やっぱりリム様に抱えられながら王様の背に乗る方が好きだなって思いました。もちろん、バスケットはバスケットで楽しいんですけどね?」
ふわりと笑みを浮かべながらそういえば、オーリムも嬉しそうに微笑みを返してくれた。そして首肯する。
「そうか。うん、俺も王の背中の方が好きだ。――――王もそうだってさ」
「まあ!」
最後は三人で笑い合う、そんななんて事ない日常のお話――。
久々の夜デートと「満月の初デート3」とダイジェストでチラッと話題にのぼっていた籠の話でした。
作中で書いたかもしれませんが(活動報告だったかな?)、ソフィアリアを空に飛ばすとハイテンションになります。絶叫マシーンで大喜びするタイプです。この世界に絶叫マシーンなんてありませんが。
オーリムはそのハイテンションソフィアリアが殊更好きだったりします。




